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    ブルートレイン

    さよなら寝台特急「北斗星」…10のトリビア(1)

    • 定期運行された「北斗星」の最終列車(3月14日、佐藤正樹撮影)
      定期運行された「北斗星」の最終列車(3月14日、佐藤正樹撮影)

     青函トンネルが開通した昭和63(1988)年3月に、上野と札幌を乗換えなしで結ぶ夢の寝台特急「北斗星」が登場してから27年あまり。「北斗星」は今年3月のダイヤ改正で定期列車としての運行を終え、4月からは臨時列車として運行されているが、これも8月22日札幌発の上りが最後となり、「北斗星」は名実共に姿を消す。

     「北斗星」の廃止は、昭和33(1958)年10月に「20系」と呼ばれるブルーの車体の寝台客車が、東京―博多間の特急「あさかぜ」に登場して以来のブルートレインの歴史に幕を閉じることをも意味し、夜行列車の全廃が現実味を帯びてきた。ここでは「北斗星」の廃止にちなんで、その歴史や現状に触れながら、夜行列車の将来を見据えたい。まずは、「北斗星」の歴史をトリビア的に5回にわけて紹介する。

    (鉄道ライター 佐藤正樹)

    <トリビア1> わずか15票で選ばれた

    • 「北斗星」のヘッドマーク(佐藤正樹撮影)
      「北斗星」のヘッドマーク(佐藤正樹撮影)

     「北斗星」の愛称名は、ずばり大熊座の7個の星を意味する「北斗七星」が由来だ。昭和62(1987)年、上野―札幌間で運行する寝台特急の名は一般から公募されたが、応募数のトップ3は「北海」「タンチョウ」「オーロラ」で、「北斗星」はわずか15票しか集まらず108位だった。常識的には応募数が一番多い名前が採用されてしかるべきだと思うので、意外な結果と言えた。同時に公募された青森―函館間の快速列車にはトップの「海峡」が選ばれているからなおさらだろう。

     「北斗星」の名を選んだのは、JR北海道の幹部5名と芥川賞作家の高橋揆一郎ら社外の著名人4名で、スケールの大きさという点で満場一致で決められたという。ただ、函館―札幌間にはすでに「北斗」という特急が運行されていたため、函館以北で運行区間がかぶってしまう「北斗星」は「紛らわしい」と感じる人も多かった。1位を取った「北海」は、昭和61(1986)年11月のダイヤ改正まで函館―札幌間を倶知安・小樽経由で運行されていた昼間の特急に命名されていたため、夜行列車のイメージに合わないと判断されたのだろう。

     新しいものに対してはさまざまな意見が噴出するものだが、慣れとは恐ろしいもので、「北斗星」の名はその豪華さで注目を集めるたびに市民権を得るようになり、現在では違和感を覚える人はいないだろう。

    →次ページ(1両もなかった新車)

    2015年07月27日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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