命守った「まず避難」…西日本豪雨生存者の証言 

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 西日本の広範囲を襲った豪雨の死者は200人を大きく超え、平成に入って最悪の豪雨災害となった。一方で、自宅などに大きな被害を受けながら、早期に適切な判断をして生き延びた人たちも少なくない。生存者の証言から、避難のポイントを探った。(西日本豪雨取材班)

51人死亡の真備町

 小田川やその支流が相次ぎ決壊した岡山県倉敷市真備まび町では、6日深夜から7日朝にかけて約4600戸が浸水し、51人が死亡した。国土地理院の推定では、水の深さは最大4・8メートル。浸水域は、市のハザードマップ(※)の想定区域とほぼ重なっていた。

特養施設「無駄足でもいい」 職員ら30人招集

 「いざという時には、受け入れをお願いします」

 雨脚が強まった6日夕、真備町有井ありい地区にある特別養護老人ホーム「クレールエステート悠楽」(地図《1》)の施設長、岸本祥一さん(47)は、系列施設に電話をかけた。ハザードマップを事前に確認し、一帯に最大5メートルの浸水の恐れがあることは知っていた。

 午後10時、避難勧告が発令されると、岸本さんは、帰宅していた職員や法人本部の応援要員ら約30人を招集。「無駄足になってもいい」と、入所者36人を約2キロ離れた系列施設(A)に車でピストン輸送した。入所者の避難は7日午前0時頃に完了した。

 その後、地区内にどんどん水が入ってきた。備品を高いところに上げるために施設に戻っていた岸本さんらは屋上に取り残されたが、7日夕までにボートやヘリで救出された。岸本さんは「安全なうちに避難することが何より大事だと実感した」と振り返る。

渋る高齢者懸命の説得 42年前の経験

 避難勧告を受け、服部地区で民生委員らと協力して高齢者の見守り活動をしている中尾研一さん(69)(《2》)=写真=もすぐに動き、近隣の8世帯23人に避難を呼びかけて回った。渋る人もいたが、「水が来たら身動きできん。すぐに逃げてくれ」と説得した。

 同地区では約5年前、災害時の避難に手助けのいる高齢者をリスト化し、誰が支援するかを決めていた。中尾さんも近所の3人を担当しており、うち1人は中尾さん夫婦が車に乗せて一緒に高台のその小学校(B)に避難。家族が迎えに来た残る2人や、声をかけた他の住民らも無事だった。

 服部地区は1976年の台風の被害を受け、中尾さんの自宅も床下浸水していた。「42年前の経験があったから、浸水もありうる、と思えた。『逃げないと』という意識にすぐなった」と話す。

頑丈な病院へ

 真備町は農地や戸建て住宅が点在する一方、高くて頑丈な建物は少ない。

 有井地区の副島紀子さん(68)=写真=は、以前にハザードマップを見た記憶があった。倉敷市に大雨特別警報が出た直後の6日午後11時前、近くにある「まび記念病院」(鉄筋コンクリート4階建て)(《3》)に避難した。早朝、いったん自宅に戻って朝食を作っていたが、支流の末政すえまさ川から水が一気にあふれるのを見て、近所の人たちに声をかけ、再び病院に駆け込んだ。直後に濁流が押し寄せ、病院の1階は水没。「家に残っていても不安で仕方がない。逃げておいて損はない」と実感したという。

近所の依頼で

 6日夜、強まる雨に岡田地区に住む70歳代女性が思い出したのは、かつて祖母から聞いた1893年(明治26年)の水害のことだった。「2階まで水が来て、船で逃げた」――。高台にある近くの岡田小学校(《4》)に避難し、事なきを得た。

 箭田やた地区の安藤三十士みとしさん(79)(《5》)=写真=は、地区の会長に「逃げろ」と言われたが、「大丈夫じゃろ」と考え、自宅にとどまっていた。近所の一人暮らしの高齢女性が「車に乗せて一緒に逃げてほしい」と頼みに来たことが幸いした。妻と3人で薗小学校(B)に避難した後、自宅は2階の天井近くまで浸水した。「命を助けてもろた」。安藤さんは今、女性に感謝している。

教訓や前兆 決断を後押し

 過去の災害の教訓や山の異変から、避難を決断した人もいる。

 「大雨が降ったら逃げなさい」。雨の勢いが増した6日夜、広島市安佐北区の木戸敏明さん(82)=写真=の頭をよぎったのは、死者も出た約90年前の土砂災害を体験した両親の言葉だった。幼い頃、大雨が降ると、両親に連れられて寺に避難した記憶もあった。

 「逃げても、どうせ空振りになるだろう」。そんな考えも浮かんだが、家の周りを川のように水が流れるのを見て、親の言葉が背中を押した。妻らと避難し、翌7日午後に戻ると、自宅は跡形もなかった。「どこかで自分は大丈夫と思っていた。教訓に助けられた」と話す。

 多数の家が土砂に押し流された広島県熊野町の若竹美津恵さん(60)も、6日夕時点では、「これくらい大丈夫」と思っていた。ところが、午後7時半頃になると、雨音が「ザー」から「ゴー」に変わった。地鳴りのような音も聞こえたため外に出ると、カビやコケのようなにおいが鼻についた。「異常事態だ」と慌てて避難した。

裏山が崩れ、土砂が押し寄せた「かわかみ荘」(愛媛県大洲市肱川町で)
裏山が崩れ、土砂が押し寄せた「かわかみ荘」(愛媛県大洲市肱川町で)

 土砂災害では、石がぶつかる音や、土のにおいといった前兆現象があることが多い。裏山が崩れた愛媛県大洲市肱川町の特別養護老人ホーム「かわかみ荘」(鉄筋コンクリート平屋)も、前兆を機敏に捉えて難を逃れたケースだ。

 元々、裏山側には20人ほどの入所者がいたが、5月の大雨で地割れなどが見られたため、反対側の空き部屋に少しずつ移動させてきた。7日未明、武田真彦施設長(58)が裏山に目をやると、木々が傾いているように見えた。

 「危ない」。その時点で裏山側に残っていた入所者は4人。夜勤の職員らとともに急いでベッドを押し、食堂に移した。明け方、轟音ごうおんとともに土砂が流れ込んだ。部屋を突き抜けて廊下にまで到達し、1メートルほどの岩や太い倒木もごろごろしていたが、全員無事だった。


地域の備えが奏功 犠牲者ゼロ

 地域の備えと支え合いが奏功した事例は多い。

 愛媛県大洲おおず市の三善地区では、ひじ川の氾濫で約80戸が浸水したが、人的被害は出なかった。被害の予想エリアを示した独自の防災マップを作り、高齢者らには持病や血液型を書き込んで首からさげる「避難カード」も配っていた。7日朝に避難指示が出ると、住民は続々と公民館に集まった。

 地域の自主防災組織の本部長を務める祖母井うばがいけんさん(65)=写真=は「日頃の備えがスムーズな避難につながった。防災意識を高め、情報を共有しておくことが大事」と話す。

 ハザードマップで「土石流被害想定箇所」になっていた広島県東広島市黒瀬町の「洋国ようこく団地」(約50戸)は、元民生委員の大野昭慶さん(75)=写真=の呼びかけで年2回、避難訓練をしていた。空き地の草を刈るなどして逃げ道を整備し、避難が困難な人には支援の担当者も決めていた。大野さんも今回、高齢夫婦を車で避難所まで送り届けた。

 7日早朝の土石流では約10戸が大破したが、犠牲者はゼロ。ただ団地内の全員が事前に避難していたわけではなく、大野さんは「運が良かった面もある。この経験を忘れず、活動を続ける」と強調した。

 福岡県朝倉市杷木はき地区は、昨年7月の九州北部豪雨で大きな被害を受けた。正信まさのぶ集落(16戸)では被災後、玄関先のポストに白いタオルをかけておくというルールを決め、梅雨前の今年5月の訓練でも実践していた。周囲に「避難済み」を知らせるメッセージだ。

 集落を再び激しい雨が襲った今回、九州北部豪雨で自宅が半壊した日隈ひぐま伸次さん(72)=写真=は家族を避難させた後、近隣を回ってタオルがかかっているのを確認した。幸い、集落に大きな被害はなかったが、日隈さんは「身を守るために最も大切なのは早期の避難。少しでも空模様に異変を感じたら、逃げた方がいい」と語る。


土石流が住宅を押し流し、大きな被害が出た洋国団地(広島県東広島市で)
土石流が住宅を押し流し、大きな被害が出た洋国団地(広島県東広島市で)


避難のハードル下げて

 今月中旬、真備町などに調査に入った。浸水範囲や深さはハザードマップの通りで、情報を生かして早期避難につなげた住民がいた一方、多くの犠牲者が出たのは残念だ。「いろいろなものを持っていかないと」などと考えると、避難の心理的ハードルは高くなる。念のために高いところに住んでいる親戚の家に遊びに行くぐらいの感覚で捉えてほしい。また、誰かが率先して避難を始めると、「大丈夫」と思っている周りもつられる。その意味で、近隣住民に声をかけることも大切だ。

 土砂災害についても、自治体が危険な場所を公表しており、様々な前兆現象も知られている。地域のリスクを普段から把握し、たとえ避難指示・勧告が出ていなくても、危険だと感じたら自らの判断で早め早めに行動してほしい。


ハザードマップ
 洪水や土砂災害、津波などの被害が予想される範囲や避難場所、避難経路などを示した地図。主に自治体が作成する。国土交通省の「ハザードマップポータルサイト」( https://disaportal.gsi.go.jp/ )で各自治体のマップが見られる。
34032 0 まとめ読み 2018/07/26 15:00:00 2018/07/26 15:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180726-OYT8I50036-T.jpg?type=thumbnail

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