小笠原は「私的世界遺産」だ!

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 先日、小笠原諸島に行く機会がありました。

 世界自然遺産に登録されたのは、2011年のこと。小笠原だけの固有種の存在など、その自然環境が評価されたのです。

小笠原諸島の固有種「オガサワラシジミ」

 私自身は、子どもの頃から、 (ちょう) を中心に自然に興味があったので、小笠原諸島はあこがれの存在でした。とりわけ、「オガサワラシジミ」という小さな蝶を、ひと目見てみたいと思っていたのです。

 オガサワラシジミと言っても、ご存じでない方がほとんどかもしれません。

 日本国内では、南西諸島から東北地方まで見られる「ヤマトシジミ」という蝶がいて、これに一番近いと言えるかもしれません。ヤマトシジミは、東京などの都会でも比較的普通に見ることができます。住宅地などで、低いところをチラチラと飛んでいる青くて小さな蝶がいたら、たいていヤマトシジミです。オガサワラシジミは、このヤマトシジミに似ています。

 しかし、オガサワラシジミには、顕著な特徴があります。ヤマトシジミや、近縁の小さな蝶は、羽の表は青色に光っていたりしますが、羽の裏は白地に点々があったりして「地味」な印象です。一方、オガサワラシジミは、なんと、羽の裏の一部も青く光っているのです!ゴージャスではありませんか!

 蝶に関心のない方にとって、そんなことはどうでもいいことでしょう。しかし、蝶好き、自然好きにとっては、オガサワラシジミはとても魅力的です。そして、小笠原諸島の固有種なのです。

 小笠原に行くのであれば、オガサワラシジミを一目見たい。そのように思っていた私ですが、残念なことに、東京からの船が着く父島では、その姿が見られなくなってしまっています。かつては父島でも普通に見られたのですが、今では、父島からさらに南に船で2時間ほどかかる母島などに、少数が 棲息(せいそく) しているだけになってしまったのです。

 今回、小笠原には仕事で行ったのですが、スケジュール上、母島に足を延ばす時間はないことがわかっていました。従って、オガサワラシジミは見られないだろうなと思っていました。

「脳科学者さん、お手柄!」ならずも

 それでも、初めて見る小笠原の自然に興味津々です。港近くの小高い丘にあった公園に登って、「まさかオガサワラシジミはいないよな」と思いながら、きょろきょろ見渡していました。もし万が一オガサワラシジミを見つけたら、手に持っていたスマートフォンで撮影をしようと思っていました。

 「オガサワラシジミ、父島で再発見!」

 「脳科学者さん、お手柄!」

 そんな見出しが新聞に載っているところを妄想しているうちに、なんだか探検家にでもなったような気持ちになってきました。

 子どもの頃から蝶を追いかけていた私にとって、自然の中で生きものを探す時の気持ちは格別です。脳が、他のやり方では絶対に活性化しないようなモードに入っていくのです。

 常に周囲に気を配り、何か変わったこと、目立ったことはないか観察します。どこに自分が求めている生きものがいるか、推理して移動していきます。たいていの場合、なかなか見つからないので、その「待ち時間」をどのように過ごすかも大切です。

 結果として、オガサワラシジミは見つかりませんでした。もし見つかったら、読売新聞にも掲載されていたことでしょう! それでも、父島の公園で自然に親しんでいた時間は、本当に 贅沢(ぜいたく) なものでした。

「行ってらっしゃい!」とダイブ!

 ところで、父島滞在中、島の方々と触れ合う機会がありました。みなさん、とても親切で、温かい方々でした。

 ある方の言われていたことが印象的でした。小笠原は、南の島だけれども、東京都にあるということをみんな大切にしていると。

 言われてみれば周囲を走っている車は「品川」ナンバーです。こんなに遠い南の島なのに、なんだか不思議な感じです。

 同じ東京都民としての絆を感じました。そしてもちろん、日本は一つです。地域によって違いがあるけれども、だからこそ最後は一つです。

 父島滞在を終え、名残惜しく感じながらいよいよ島を離れる時、思わぬサプライズがありました。

 私たちの乗った大型船を、10隻ほどの漁船やプレジャーボートが追いかけてきました。みなさん島の方々で、そうやってお見送りしてくださっているのだそうです。

 「行ってらっしゃい!」と叫んでくださっています。

 私たちも、また、「行ってきます!」と叫びます。そんな風に言葉をやり取りしていると、いつかまた戻って来ようという気持ちが高まってきます。

 そのうちに、一隻の船がスピードを落として、やがて止まりました。

 どうするのだろう、と思っていたら、その船に乗っている方々が4人、いっせいに海に飛び込みました。私たちは、一斉に歓声を上げて、拍手します。

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 後で聞くところによると、そのようにして見送りの際に海にダイブするのは、小笠原の習慣なのだそうです。気持ちがこもっていて、胸が熱くなりました。

 もう一隻の船の方々もジャンプして、波間から手を振ってくださいました。

 初めて訪れた小笠原諸島。オガサワラシジミは見つかりませんでしたが、人の温かい気持ちを見つけることができました。

 小笠原の温かい心。私にとっては、もう一つの「私的世界遺産」です。

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茂木 健一郎  (もぎ けんいちろう) 脳科学者、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。1962年、東京生まれ。東大大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。クオリア(感覚の持つ質感)をキーワードに脳と心を研究。最先端の科学知識をテレビや講演活動でわかりやすく解説している。主な著書に「脳の中の人生」(中公新書ラクレ)、「脳とクオリア」(日経サイエンス社)、「脳内現象」(NHK出版)、「ひらめき脳」(新潮社)など。近著に、「成功脳と失敗脳」(総合法令出版)。

127713 1 世界を脳から読み解く 2018/07/23 03:00:00 2019/01/30 17:02:59 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180718/20180718-118-OYTPI50056-L.jpg?type=thumbnail

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