「百年ぶりのにしん大漁」に心動く

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 歩く、走るなどの移動は、人間にとって大切です。動き続けることでさまざまなものと出会い、気づきが起こります。

 偶然の幸運に出会うことを「セレンディピティ」と言います。もともとは、英国の初代首相、ロバート・ウォルポールの三男で、政治家であるとともに小説家だったホレス・ウォルポールが生み出した言葉です。

 都会の中を、あるいは田園の中を歩き、走りながら、私はどこかで常にセレンディピティを求めているような気がするのです。

その言葉のインパクトが

 先日、東京を歩いていたら、あるお店のガラス窓の前で、思わず立ち止まってしまいました。

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 「冷やしにしんそば」という貼り紙の横に、もう一つ、「百年ぶりのにしん大漁」と書かれていたのです。

 「百年ぶり」「にしん大漁」という言葉のインパクトと、そこから広がるイメージの豊かさがあって、それまで歩きながら考えていたことを何か忘れてしまったくらい、心を動かされました。

 後で、インターネットで検索して調べたら、どうやら、このところ、北海道でニシンの漁獲量が復活し、「 群来(くき) 」と呼ばれる、ニシンが産卵して海が白く濁る現象も見られているようなのです。2017年2月には、北海道檜山振興局が、江差町で104年ぶりの群来が見られたと発表したそうです。

 私はニシンの大漁が復活したというニュースを知らなかったので、お店の「百年ぶりのにしん大漁」という貼り紙に心を動かされ、思わず立ち止まってしまったのでした。

「群来」復活の陰に

 以前、北海道の小樽から西の海岸線沿いを旅行した時、いろいろなところで風情のある立派な建物を見ました。「 (にしん) 御殿」と呼ばれているのだと知りました。

 かつてニシンが大漁だった頃、そのあたりはとても (にぎ) わって、ニシンで財産をつくられた方が御殿のような家を建てたのだそうです。往時の繁栄と、人々の心意気、そして積み上げられた文化がしのばれる、すばらしい建築でした。そして、「群来」という言葉の持つ響きと印象が、心を動かす何かを持っているように感じたのです。

 ニシンの「群来」が見られなくなってしまってもう長い、という話は、北海道のそのあたりに旅行する度に耳にし、目にし、その度にとても寂しい思いをしていました。その「群来」が復活したというのですから、これは、大ニュースです!

 このところ、ニシンの漁獲量を復活させるために、稚魚の放流が試みられているとは聞いていました。さらに、海に栄養を与えるために、沿岸部に植林をする試みを粘り強くされている方々がいるとも耳にしました。

 今回の「群来」の復活は、そのようなさまざまな努力が実を結んだのでしょう。自然の恵みを引き出し、育むための試みは、今の時代、尊いように感じます。関係者のご尽力に、頭が下がります。

自然の恵みを育む知恵を

 高度経済成長の時代はかなたの記憶になり、人々が求めるものも変化してきています。文明が、自然と調和あるかたちで繁栄すること、そして自然の素晴らしさが感じられることを求めている人が多くなってきているのではないでしょうか。

 たとえば、身近な清流が復活してホタルが飛ぶようになるためには、予算をかけても環境を整備するのが良いと考える人が増えてきているように感じます。自分の家の周りに緑豊かな公園や雑木林があったら、と求める気持ちも強くなってきているようです。

 人間の脳にとっても、身近な自然を感じられた方が心身の健康上に効果があるということが、さまざまなデータで示されています。自然があってこそ、健やかな生活もできるのです。

 人間の活動を持続可能なものにするために、そして自然の恵みをこれからも育んでいくために、知恵を尽くしていきたい。そんな時代になっているように思います。

セレンディピティにわくわく

 それにしても、お店のガラス窓に貼ってあった「百年ぶりのにしん大漁」という言葉のインパクト! 思わず立ち止まってしまったということは、「広告」としてもすぐれているということでしょう。

 残念ながら時間がなくて、「冷やしにしんそば」を食べることはできませんでしたが、今度はぜひ食べたいなと思います。

 ニシンは、「身欠きニシン」にしても 美味(おい) しいですし、その卵、つまりは「数の子」もなんとも言えない食感で大好物です。

 ニシンを使ったおそばの宣伝をするのに、「百年ぶりのにしん大漁」という言葉を添えるのは、とても効果的だと感じました。

 ニシンが元気に育つ海は、つまりは自然が豊かだということ。産卵のために「群来」となって岸に押し寄せるニシンの命の勢いを、おそばの具としていただく。そのことで、自分自身もまた元気になる。

 そんな、自然の恵みの素晴らしさを、都会の真ん中で一瞬のうちに感じさせてくれました。

 このような偶然の幸運、セレンディピティがあるから、走ったり歩いたりすることをやめられません。

 今日もまた、どんなセレンディピティが待っているのだろうと心のどこかで期待しながら、私は都会や田園の中を走り、歩いているのです。 

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茂木 健一郎  (もぎ けんいちろう) 脳科学者、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。1962年、東京生まれ。東大大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。クオリア(感覚の持つ質感)をキーワードに脳と心を研究。最先端の科学知識をテレビや講演活動でわかりやすく解説している。主な著書に「脳の中の人生」(中公新書ラクレ)、「脳とクオリア」(日経サイエンス社)、「脳内現象」(NHK出版)、「ひらめき脳」(新潮社)など。近著に、「成功脳と失敗脳」(総合法令出版)。

395279 1 世界を脳から読み解く 2018/09/10 03:00:00 2019/01/30 19:55:47 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180906/20180906-118-OYTPI50054-L.jpg?type=thumbnail

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