桜島という日常

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 鹿児島には何度か行っていますが、その度に、桜島の雄姿に圧倒されます。

 いつも、そこにある。顔を上げれば、視野の片隅に入ってくる。

 そんな桜島の様子を見ていると、心の底から、エネルギーのようなものが湧き上がってくるようです。

志士の生きざまと鹿児島の風土

 先日、鹿児島に仕事で行ったのですが、やはり桜島の姿に心を奪われました。

 折しも、鹿児島の街のあちらこちらにNHKの大河ドラマ『 西郷(せご) どん』のポスターが。

 西郷隆盛という、郷土が生んだ英雄のドラマに、街を上げて盛り上がっている様子が伝わってきました。

 ところで、今年は明治維新から150年。

 薩摩の志士たちが日本の近代化において果たした役割は、忘れることができません。時代の激動の中で、自分たちの信じる道を行き、日本の未来を切り開きました。西郷隆盛は、そのような志士たちの一つの象徴でしょう。

 薩摩の志士たちの生きざまに、桜島を含む鹿児島の風土がどんな影響を及ぼしたのかということは、興味深いことです。

 日々暮らしている土地の雰囲気は、言葉にできない「暗黙知」として、私たちの身体の中にしみついてきます。

 それは、必ずしも意識できるものではありません。むしろ、意識せず、心の中にいつの間にか入り込んでいるものこそが、成長を支え、性格を形成するのです。

噴煙が上がっても…

 桜島といえば火山活動が思い浮かびます。私が何度か鹿児島を訪れた経験で言えば、いつも噴煙が上がっているという感じではないようです。

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 むしろ、ふだんは静かにその山容をたたえていて、ふと気づくと、いつの間にか黒い煙が上がっている。ずっと山頂がすっきりと見えていて、はっと思ったその時に、噴煙が上がっていることに気づく。

 そんな桜島の様子を何度も目にしていると、私などは、つい、今はどうなっているのだろうとそちらの方を見てしまうのです。

 ところが、鹿児島の方々は、慣れているというか、かなり黒々とした噴煙が上がっていても、何事もないかのように街を行き交っています。

 大きな煙が上がっていて、そちらの方を見れば迫力ある姿が見られるのに、ただそそくさと、鹿児島の街を歩いていらっしゃる。

 そんな様子を見ていると、桜島は、本当に鹿児島の方々の身体の一部、無意識の中に取り込まれているのだなあと思います。

火山灰と騙しだまし使うワイパー

 もちろん、噴煙が生活に影響を与えることもあるわけで、全く無視するというわけにはいきません。

 鹿児島の天気予報は、常に、桜島近辺の風向きを伝えているようで、その方向によっては、ああ、今日は市内に火山灰が来るなあと警戒することもあるようです。

 火山灰が降ると、夜のように暗くなって、前が見えなくなるのだそうです。車などは、ワイパーを使うと、フロントガラスが傷ついてしまうのだとか。

 「えっ、それでは、どうするのですか?」

 そう、タクシーの運転手さんにうかがうと、「いやあ、 (だま) しだまし、ゆっくりとワイパーを使うのですよ」とおっしゃいます。

 その運転手さんによれば、新しい服や良いドレスを着ていて、火山灰にやられると悲惨なのだそうです。

 「もう、洗っても何をしても、落ちませんから」と運転手さん。

 そのような強烈な影響を受けるわけですから、やはり、桜島の動向を全く無視しているわけではないのでしょう。

 それでも、かなり大きな煙が上がっていても、足を止めてそちらを見るわけでもなく、淡々と街を行く鹿児島の人たちの様子を見ていると、さすがは『西郷どん』のふるさと、腹が据わっているというか、大胆だなあと感心してしまうのです。

郷土の恵みは「暗黙知」の領域に

 思うに、風土が心に影響を与えるというのは、無意識になり気づかなくなるくらいではないとだめなのでしょう。

 以前、オーストリアのザルツブルクを訪れた時、街並みがとても美しく、また周囲の山々の風情もきれいなことに驚きました。私などは、それできょろきょろ見渡してしまうのですが、そんなことではおそらくだめなのでしょう。

 ザルツブルク出身のモーツァルトの音楽の美しさの中には、確かに、あの郷土の風情が取り込まれているように思います。モーツァルトの作品にザルツブルクが影響を与えているとするならば、それは、モーツァルトの中で、風土が身体化、無意識化した結果なのでしょう。

 風土の恵みは、もちろん、鹿児島やザルツブルクに限られたことではありません。

 読者のみなさんのそれぞれの郷土が、みなさんに影響を与えているものと思います。そして、その恵みは、自分ではなかなか気づかない、暗黙知の領域にこそあるのです。

 鹿児島の方々が、桜島が少々噴火していても気づかずに歩いていってしまうような、そんな当たり前のことこそが、郷土の恵みとして私たち一人ひとりを作り出しています。

 自分もまた、自分の生まれ育った環境からいろいろなものを受け取っているのだろうなあ。

 鹿児島の街から、桜島を見晴るかしながら、そんなことを考えたのでした。

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茂木 健一郎  (もぎ けんいちろう) 脳科学者、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。1962年、東京生まれ。東大大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。クオリア(感覚の持つ質感)をキーワードに脳と心を研究。最先端の科学知識をテレビや講演活動でわかりやすく解説している。主な著書に「脳の中の人生」(中公新書ラクレ)、「脳とクオリア」(日経サイエンス社)、「脳内現象」(NHK出版)、「ひらめき脳」(新潮社)など。近著に、「成功脳と失敗脳」(総合法令出版)。

269561 1 世界を脳から読み解く 2018/10/08 03:00:00 2019/01/30 18:35:08 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20181003/20181003-118-OYTPI50088-L.jpg?type=thumbnail

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