命は続いてきた、佐賀の大楠

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 さまざまな土地に行って「旅ラン」している時に、神社があると必ず立ち寄ります。

 鳥居から先は、しずしずとゆっくりと歩くというのが、「マイルール」。そのようにして気分転換して、参拝します。

 日本には各地に本当に神社が多く、地元の方の熱意で維持されてきたその姿が、とてもゆかしいのです。

 特に境内には豊かな緑が残っていたり、大木があったりすることも多く、自然を愛し、樹を眺めるのが好きな私にとっては心が休まる時間となります。

大きな楠と小さな鳥居

 先日、佐賀市内を、何度目かの「旅ラン」で走っておりました。

 旅ランにはほんとうに不思議な側面があり、もう新しい発見はないだろうと思うような土地でも、走っているうちに思わぬことに気づいたり、出会ったりすることがあるのです。

 この日も、「佐嘉神社」という神社に出会いました。実は、この神社、以前に繁華街の方からうかがったことがあるのですが、その時は夕暮れでもう暗く、一部分だけを拝見しただけで去っていたのです。

 ところがこの日、佐賀 城址(じょうし) の方から近づくと、どうも様子が違うのです。

 立派な社殿。ひろびろとした境内。 (やしろ) の数も多く、想像していた以上に立派な神社だということがわかりました。

 そして、この境内の一角に、とても 素敵(すてき) な出会いが待っていたのです。

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 「松原の 大楠(おおくす) 」と書かれた立て札のある、大きな (くすのき) 。樹齢は数百年にもなるのでしょうか。

 そして、その楠の幹には「 ()(しろ) 」を示すしめ縄がつけられ、その前にはお 賽銭(さいせん) 箱と、小さな鳥居が設けられていました。

自然の中で祈る思い

 私は、神社の建築も好きなのですが、このように、もともと自然にあるもの自体を祈りの対象にするという日本の文化のあり方が、とても好ましく思われます。

 一つの山自体が御神体として信仰されていたり、あるいは、宮崎の高千穂の 天岩戸(あまのいわと) 神社のように、特定の岩が祈りの対象になっていたりする場合もあります。

 もともと、人間の脳の中には、自然の中で特別なものを見つけたり、心の () り所を見いだしたりする傾向があります。科学が発達した現代でも、そのような素朴な心持ちは残っているように思います。

 たとえば、雨上がりの空にかかる虹を美しいと思ったり、森の中を歩いているときに、木漏れ日の気配に心を動かされたり、そんな中で生きているということの不思議に思い至ったり。

 祈りや、信仰の特別な場所があるのではなく、自然の中に、そのような思いを向けるきっかけになるものがあるというのは、人間の心の働きとして、あたりまえのことなのではないでしょうか。

一つのものがずっと続いていくこと

 特に、人間の生命の長さをはるかに超えた時間を過ごしてきた大木には、私たちを 畏怖(いふ) させる何かがあるように思います。

 東京を走っていても、時折、そのような大木に出会います。「昔はこの木を遠い街道からも見ることができ、行き交う人の心を慰めていました」とか、「江戸時代初期には、すでにこの木はあったと思われています」といった説明を読んでいると、自然に「ああ、すばらしいなあ」という思いがこみ上げてきます。

 そんな時、「依り代」こそないものの、自然に手を合わせたり、心を整えたりする気持ちになるものです。そこが神社として整備されているかどうかに関係なく、自然の中に長く続いてきたものに対して、私たちは敬意を抱くのではないでしょうか。

 現代において、大切にされる価値の一つに「持続可能性」があります。

 一つのものがずっと続いていくことの不思議、大切さ。年月を経てきた大木には、自然に、私たちに命が続くことの尊さ、難しさを考えさせる何かがあるように思うのです。

 以前、大木で有名なアメリカの国立公園を訪れた時、そこに巨大な木がある理由は、定期的に起こる山火事なのだと知りました。火によって小さな木が「間引き」されるため、残った大木が育つ余地が生まれるというのです。

 自然界の生命には、何も保証されたものがありません。激烈な進化の競争の中で、命が続いていくということは、それなりに大変なこと。

 私が佐嘉神社の境内で見た楠もまた、数々の困難をくぐり抜けて、「今ここ」に立っているのでしょう。

年を重ねてき方々に敬意を

 人間の世界に戻れば、もっと、お年寄りに対する尊敬の念を抱いた方が良いように思います。

 何事も若いことが好ましいとされがちな現代。そのせいか、何歳になっても「若作り」になりがちですが、本当は、それなりの年月を積み重ねてきたということは、それだけ大変なことがいろいろあったということだと思うのです。

 何も、年寄りを拝めとまでは言いませんが、身の回りの年を重ねてき方々に、大楠に対して抱くような、自然な敬意を抱きたい。

 そして、それを素直に伝えたい。

 そんなことを考えながら、佐嘉神社の大楠の前で、手を合わせました。

 旅ランは、ふだんは気づかないような、そんな人生の機微に思い至るきっかけにもなるのです。

 おかげで、良い一日を過ごすことができました。

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茂木 健一郎  (もぎ けんいちろう) 脳科学者、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。1962年、東京生まれ。東大大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。クオリア(感覚の持つ質感)をキーワードに脳と心を研究。最先端の科学知識をテレビや講演活動でわかりやすく解説している。主な著書に「脳の中の人生」(中公新書ラクレ)、「脳とクオリア」(日経サイエンス社)、「脳内現象」(NHK出版)、「ひらめき脳」(新潮社)など。近著に、「成功脳と失敗脳」(総合法令出版)。

160183 1 世界を脳から読み解く 2018/10/22 03:00:00 2019/01/30 17:30:43 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20181017/20181017-118-OYTPI50069-L.jpg?type=thumbnail

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