心のふるさと・明日香村の秋

[読者会員限定]
無断転載禁止
メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

 ずいぶん長い間見ていなかったものでも、出会った瞬間に、そういえば、昔、そんなものを見ていたなと思い出すことがあります。

刈り取りが終わった田んぼと……

 先日、奈良県の 橿原(かしはら) 市、そして明日香村を訪れて旅ランしたときにも、そのようなことがありました。

20181101-118-OYTPI50083

 走っているときに、刈り取りが終わった田んぼがあり、そこに稲わらが束ねて置かれていたのです。

 ああ、こういうの、昔は良く見ていたなあ、懐かしいなあと、出会った瞬間に思ったのです。

 かつて、藤原京という都があった場所からほど近く、 天香久山(あまのかぐやま) や、 耳成山(みみなしやま) 、そして 畝傍山(うねびやま) の「大和三山」もあるあたりの、まさに日本人の心のふるさととも言える風景に、思わず心が温かくなりました。

勢いよく吹き出すもみ殻の山

 ちょうど稲刈りのシーズンだったのですが、脱穀をする時に、この地方独特のやり方がありました。他の地域でもやっていらっしゃるのかもしれませんが、私は初めて見たやり方です。

20181101-118-OYTPI50084

 農家の敷地にある建物から、勢いよく、もみ殻が吹き出していました。そして、そのように吹き出されたもみ殻が、刈り取りの終わった田んぼの中に、山となって積もっていたのです。

 ちょうど、ゆったりと穏やかな山容を見せる大和三山と、積み上げられたもみ殻のかたちの間に通じるものがあり、ああ、稲刈りの際にどのように作業をするかということも、このようにして風土の影響を受けて発展するのだろうかと思ったのでした。

 地元の方にお聞きすると、このあたりの農家さんは、そのようにして脱穀し、もみ殻を横の田んぼに積み上げるのだということです。

  (いにしえ) から、ずっと続いてきた、日本人と稲とのかかわり。広々とした土地があり、その中でゆったりとした生活があるからこそできる、なんともいえない魅力のある光景だなと感じました。

「明日香法」で保つ美しい景観

 石舞台古墳や、キトラ古墳、高松塚古墳など、古の日本のあり方を伝える、数々の遺跡に恵まれた明日香村。地元の方とお話ししていて、へえ、それは、と思うようなことを知りました。

 古都を保存するために、「明日香法」という特別な法律までつくられた明日香村。地元の方々の努力もあり、今日に至るまで、美しい景観が保たれています。

 その (たたず) まいに魅せられて、明日香村に住んでみたいという方々も多いそうなのですが、実際には、なかなか「空き」がないというのです。

 家を借りるにせよ、物件が限られているので、たくさんの方々が「待機村民」になっていらっしゃるとのことでした。

 東京から見ると、京都には行きやすい気がします。そこから先に移動しなければならない奈良は、「ワンクッション」あるように思います。明日香村はさらにその先なので、出かけるのにさらにひと手間かかるような気がします。

 私自身を振り返っても、奈良まで出かけるのは、京都の5分の1から10分の1程度、さらに明日香村まで足を延ばすのは、奈良の3分の1から5分の1程度という気がします。

 それくらい「遠い」のに、一方では「待機村民」さんが出てしまうくらい人気のある明日香村。

 地元の方の話を伺っていると、もっと知られてほしいけれども、あまりにもたくさんの観光客がいらっしゃるのも困る、という意識のようでした。

他人事でない「オーバーツーリズム」

 1972年、高松塚古墳で極彩色の壁画が見つかったことをきっかけに空前のブームが起こり、ほんとうにたくさんの方々が明日香村を訪れたというのです。その時の経験から、観光客がいらっしゃるにしても、あまり集中するのは好ましくないという「 智慧(ちえ) 」を身につけられたようでした。

 今、世界のさまざまな場所で、「オーバーツーリズム」が問題になっています。世界的に人気の観光地の一つ、ベニスでも、あまりに多くの方がいらっしゃるため、ベニス市内に住む人がどんどん減ってしまっているといいます。本来、ベニスの生活スタイル、文化を楽しみに来る観光のはずなのに、住民がいない中、観光客だけが歩き回る状況になってしまうと、もはや「テーマパーク」のようです。

 これから、インバウンドの観光客が増えると予想される日本でも、オーバーツーリズムは 他人事(ひとごと) ではありません。

 高松塚古墳のブームからも学び、明日香法で美しい景観を保ちつつ、ゆっくり、静かに地域の活性化を図っている明日香村のやり方は、一つの模範であると言ってよいのかもしれません。

ゆったりとした流れの中で

 私自身、明日香村に滞在している時間は、現代の 喧騒(けんそう) から離れて、ゆったりとした流れの中に身を浸すような、かけがえのない体験のように感じられます。

 これからの日本は、どちらの方向に行くのか、日本と世界との関わり方は、どうなっていくのか。私たちが守って伝えていくべき価値とはなにか。

 そのようなさまざまなことを考えていく上で、明日香村のあり方は、大いに参考になるように思います。

 そんなことを、きれいに整えられた稲わらを眺めながら考えていました。やはり、明日香は日本人の心のふるさとなのでありましょう。

20181101-118-OYTPI50085

茂木 健一郎  (もぎ けんいちろう) 脳科学者、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。1962年、東京生まれ。東大大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。クオリア(感覚の持つ質感)をキーワードに脳と心を研究。最先端の科学知識をテレビや講演活動でわかりやすく解説している。主な著書に「脳の中の人生」(中公新書ラクレ)、「脳とクオリア」(日経サイエンス社)、「脳内現象」(NHK出版)、「ひらめき脳」(新潮社)など。近著に、「成功脳と失敗脳」(総合法令出版)。

391970 1 世界を脳から読み解く 2018/11/12 03:00:00 2019/01/30 19:53:44 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20181101/20181101-118-OYTPI50083-L.jpg?type=thumbnail

アクセスランキング

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)
ページTOP
読売新聞社の運営するサイト
ヨミダス歴史館
ヨミドクター
発言小町
OTEKOMACHI
元気ニッポン!
未来貢献プロジェクト
The Japan News
美術展ナビ
教育ネットワーク
活字・文化プロジェクト
よみうり報知写真館
読売新聞社からのお知らせ