「不意打ち」のよろこび

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 あらゆる出会いの中で最高のものは「不意打ち」だと思います。

 予期していない中で、突然、目の前にそれが現れる。これ以上のよろこびはないように思うのです。

 ところが、毎年のように出会っていながら、毎回、それが「不意打ち」のように感じられることもあります。つまりは、私の方が忘れてしまっていて、ぼんやりと歩いていて、「あれ、また、これに出会った」とその度に驚く、そんなことがあるのです。

 先日、日比谷公園をいつものようにぼんやりと歩いていました。

 東京の真ん中にある日比谷公園。よく、仕事から仕事の移動の際に通ることが多いのです。銀座方面から霞が関の方に抜けたり、あるいはもっと長い距離、例えば東京駅から渋谷の方まで歩いていく時にも、しばしば日比谷公園を通ります。

 あまりにもよく歩いているので、基本的に周囲に注意を払わずにぼんやりとしています。何か考え事をしていることも多く、だからこそ、いつも「不意打ち」になってしまうのでしょう。

 先日も、日比谷公園をそのように歩いていたら、「あれ」と思いました。

 「東京都観光菊花大会」という看板があり、「ああ、またこの季節が来たのか!」と驚いてしまったのです。

 「また、この大会のことを忘れていて、今年も不意打ちにあってしまった」と心のどこかで後悔しながら。

 「東京都観光菊花大会」は、大正4年から開かれているのだそうです。

晩秋の空の下、菊に感激

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 丹念に手入れされ、育てられた菊の花が並べられています。その種類や形もさまざまです。

 そして、すぐれた菊の花には、賞が与えられ、その表彰の紙が添えられています。

 どれも、ほれぼれと見とれてしまうような出来栄えです。

 菊のことは詳しくはないのですが、「東京都観光菊花大会」に出品されている花が、素晴らしいものであることはそんな私でもわかります。

 これだけ、茎や葉っぱの形を整えたり、花を美しく咲かせたり、丹精込めて育てるのは大変な手間がかかったろうなと思います。きっと、みなさん、この大会に出品されることを楽しみに一年間努力されてきたのでしょう。

 そのように考えると、日比谷公園の一角に設けられたそのエリアが、菊の花にとっての晴れ舞台、輝くステージのように思えてきます。

 そのような華やかさが、晩秋の空のさわやかな空気と相まって、独特の感激を与えてくれるように思えるのでした。

 ところで、菊の花に限らず、日本人が一つのことに集中して修練を重ねたときの出来栄えは、 (すさ) まじい領域に達するようです。日本という国の文化の一つの特徴かもしれません。

 私は昨年、日本語で言う「生きがい」の概念についての本を英語で書いて、ロンドンの出版社から刊行しました。結果として好評を博し、日本を始め世界30か国での出版が決まりました。

日本だけの「完璧なフルーツ」

 この本の中で、私は、日本の「完璧なフルーツ」の話を書きました。

 フルーツ専門店などで、例えば一つ2万円もするようなメロンを買い求める人がいる。一粒ずつ完璧に仕上げられたイチゴが、まるで宝石のように並べられて売られている。そのようなフルーツを育てるために、日本の農家の方々は大変な努力をしている……。

 そんな話を書いたら、海外からいろいろな反響がありました。

 あるドイツのラジオ局から取材を受けた時のことです。「完璧なフルーツのことなんだけど……」と、そのラジオ局の方が言います。「本当に、日本人はそんなフルーツをつくるのかい?」と半信半疑のようです。「本当ですよ!」と言うと、しばらく絶句していました。それから言いました。「日本は (すご) い国だ!」

「素朴」と「完璧」

 普段、街を歩いていて菊の花を見かけることはよくあります。それは、家の庭にあったり、軒先に見えたり、あるいは道路の脇に鉢植えが置かれていて、そのような素朴な菊も美しく、風情があるものです。

 一方で、日比谷公園で毎年開かれている「東京都観光菊花大会」のように、ドイツ人が驚くような「完璧さ」を求める文化も 素敵(すてき) だと思います。

 菊たちも、そこまで心を込めて育てられたら、花を咲かせた 甲斐(かい) があるというものではないでしょうか。

 「東京都観光菊花大会」は、これまで長年にわたって続いていることが素晴らしいと思います。

 夏目漱石の『三四郎』の中には、団子坂の菊人形の話が出てきます。当時はとても盛んなものだったようですが、明治44年を最後に開かれなくなってしまったようです。

 日本人にとって、菊は特別な花。その花をめぐって、日比谷公園の一角で行われている「東京都観光菊花大会」、これからも末永く続いてほしいなと願っています。

 そうすれば、私は、来年あたり、ぼんやりと日比谷公園を歩いていて、再び「不意打ち」のよろこびに浸ることができるでしょう。

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茂木 健一郎  (もぎ けんいちろう) 脳科学者、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。1962年、東京生まれ。東大大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。クオリア(感覚の持つ質感)をキーワードに脳と心を研究。最先端の科学知識をテレビや講演活動でわかりやすく解説している。主な著書に「脳の中の人生」(中公新書ラクレ)、「脳とクオリア」(日経サイエンス社)、「脳内現象」(NHK出版)、「ひらめき脳」(新潮社)など。近著に、「成功脳と失敗脳」(総合法令出版)。

354615 1 世界を脳から読み解く 2018/11/26 03:00:00 2019/01/30 19:28:11 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20181120/20181120-118-OYTPI50027-L.jpg?type=thumbnail

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