「未来」から近づいてきた国立競技場

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 昔の日本を描いた映画の中に、建設中の東京タワーが出てきたりするとハッとします。

 東京タワーは、物心ついた頃からあったので、当たり前のように思っていたけれども、確かに建設された時期があったのだ、そして、その前には存在しなかったのだと気付かされるのです。

完成直後の「霞が関ビル」を見た衝撃

 日本における超高層ビルの先駆けの一つ、「霞が関ビル」は、完成直後、子どもの時に見に行ったことがあります。父親に手をつながれて、「わあ、高いなあ」と見上げた記憶があります。

 調べてみると、竣工が1968年4月ですから、私が5歳の時だったようです。

 今では当たり前になってしまった超高層ビルですが、霞が関ビルを見た時に幼い心の中に起こった衝撃は、今でも覚えています。

 それが何であれ、建設中、あるいは出来上がった直後の姿を見ることは、都市の発展を実感できますし、力をもらえるようにも感じます。

新陳代謝が都市景観の勢いをつくる

 東京スカイツリーが建設中だった時、東京タワーのことが頭にあって、できあがっていく途中の姿を目に焼き付けておこうと、折りに触れ、見ていました。

 その東京スカイツリーも完成し、すっかり東京の風景の中にも 馴染(なじ) んでしまって、まるでずっと昔からそこにあったような気がしているのは不思議なことです。

 夏目漱石の『三四郎』には、当時まだ「普請中」だった東京のことが活写されています。

 「もっとも驚いたのは、どこまで行っても東京がなくならないということであった。しかもどこをどう歩いても、材木がほうり出してある、石が積んである、新しい家が往来から二、三間引っ込んでいる、古い蔵が半分とりくずされて心細く前の方に残っている。すべての物が破壊されつつあるようにみえる。そうしてすべての物がまた同時に建設されつつあるようにみえる。たいへんな動き方である」(夏目漱石『三四郎』)

 都市景観というものは、ある程度、新陳代謝してこそ、勢いというものが出てくるし、文明も発展していくのでしょう。

建設中の国立競技場に高鳴る思い

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 先日、青山1丁目から表参道まで歩いた時、途中で建設中の国立競技場が目に入ってきました(写真)。

 しばらく前に見たときには、まだ全体が覆われていたのに、屋根の部分が見えてきて、だんだんそれらしくなってきました。

 考えてみると、2020年の東京オリンピックまで、あと2年を切っています。

 いよいよ、本番が近づいてきているのだなと、心が高鳴る思いがありました。

 私は、「東京マラソン」にこれまで3回出場したことがあります。

 一部の (うわさ) 、というか、むしろ、ランナーの希望的観測なのかもしれませんが、国立競技場が完成したら、東京マラソンのスタートかフィニッシュの地点になるのではないかという根強い説があります。

 そんなこともあって、完成しつつある国立競技場の姿を見ていると、まるで自分がランナーとしてそこに帰ってくるような、そんな武者震いする思いもこみ上げてくるのでした。

 実際には、夜風が寒くて、それで震えていたというのが事実なのですが。

旧競技場は建て替えめぐり議論に

 ところで、一つ前の国立競技場は、それはそれで 素敵(すてき) な場所でした。

 1964年の東京オリンピックを記念するプレートなどがあり、私は開催当時2歳にも満たずに記憶は全くないのですが、大切なレガシーだと感じていました。

 建て替えの計画が議論されていた時、そのまま残し、改修して使うという意見もあったようです。

 目の前にあるものを見た時、愛着がわくのは当然ですし、壊すのはもったいないように感じます。

「単純接触効果」で次第に馴染んでいく

 ところが、これは人生でしばしば経験することなのですが、古いものを解体して新しいものをつくると、次第に馴染んできて好きになっていくことも事実なのです。

 あるものに接触する回数が増えるにつれて、それが好きになっていく現象を、認知科学では「単純接触効果」と言います。

 未来の、まだ存在しない建物は「単純接触効果」を持ちようがないわけですから、それだけ不利です。

 ですから、建て替えるか、保存するかという議論をするときには、まだ見ぬ未来の建物はそれだけ不利なのだということを頭に入れて考えるのが良いと思います。

 もちろん、文化的、歴史的に価値のある建物は、大切に守っていかなくてはなりませんし、新しい建物の評価も、慣れ親しむと同時に冷静に行って、必要ならば改良を加えていかなければいけないわけですが。

 築地から豊洲への市場の移転の際も、この「単純接触効果」は無視できないことだったように思います。

「大切な場所」に

 いずれにせよ、完成しつつある国立競技場を見て、私の胸の中にさえ、未来への期待と希望がふくらんでいく思いがありました。

 ましてや、2020年のオリンピック、パラリンピックを目指して練習を重ねているアスリートの方にとっては、本当に大切な場所になることでしょう。

 2020年、東京オリンピックが開かれる時に、日本が、そして世界が繁栄と平和の場所であることを心から願わずにはいられません。

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茂木 健一郎  (もぎ けんいちろう) 脳科学者、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。1962年、東京生まれ。東大大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。クオリア(感覚の持つ質感)をキーワードに脳と心を研究。最先端の科学知識をテレビや講演活動でわかりやすく解説している。主な著書に「脳の中の人生」(中公新書ラクレ)、「脳とクオリア」(日経サイエンス社)、「脳内現象」(NHK出版)、「ひらめき脳」(新潮社)など。近著に、「成功脳と失敗脳」(総合法令出版)。

101448 1 世界を脳から読み解く 2018/12/10 03:00:00 2019/01/30 16:48:31 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20181206/20181206-118-OYTPI50069-L.jpg?type=thumbnail

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