便利さの功罪、コンビニとスーパー

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 コンビニエンスストアは、すっかり生活にとって欠かすことができない存在になった。

 日本人は、身近なものは略して呼ぶことが多い。「コンビニ」の4文字は、今や、生活の中で当たり前のように耳にする、日常的な言葉になった。

 米国生まれのコンビニが、日本に上陸し、やがて、独自の進化を遂げる。便利さを追求する日本人のきめ細やかな心づかい、工夫によって、今や日本独自と言ってもよいくらいの、ユニークな存在になった。

 私自身、コンビニにすっかり依存して生活している。東京にいても、あるいは地方に出張しても、コンビニに寄っていろいろなものを買う。

 買い物だけでなくて、公共料金の支払いをしたり、イベントのチケットを発券したり、あるいはキャッシュカードで現金をおろしたりと、日常生活にコンビニは欠かせない存在になった。

 外国に旅行すると、一番もの足りなく感じ、またあったらいいのにと思うのは日本のコンビニだろう。今や、コンビニは、日本という国の生活を支える大切な存在になっていると言って良いだろう。

 一方、コンビニと同様に、生活する上で便利なスーパーマーケット。私たちは日常の中で、「スーパー」と親しみを込めて呼んでいる。

 すぐに食べられる少量の食品を買うにはコンビニが便利だが、自分で調理するための食材や、まとまった量の食べ物を買うにはスーパーが便利で、価格も安い。時と場合によって、コンビニとスーパーを使い分けることで、私たちの日常は成り立っている。

 このように、私たちの生活にもはや欠かすことができないコンビニやスーパーだが、一方で、もの足りないと感じる側面もある。そして、これは、この二つの業態だけでなく、「便利さ」を追求する現代文明の成り立ちの根幹に関わることのようにも思う。

個性よりも「システム」優位

 コンビニとスーパーの共通点は、一人ひとりの人間の個性よりも、「システム」の方が優位であるという点にあるように思う。店に入って、商品棚を回って、自分にとって必要なものを手にして籠に入れていく。そしてレジで支払って店を出る。

 この間、もちろん店員さんの姿は見えているし、時には会話を交わすけれども、それは最小限にとどまる。むしろ、一人ひとりの個性は抑え気味にして、気楽に買い物ができるという点にメリットがあるように感じられる。

 一方、時々行く、個人でやっている果物屋さんや八百屋さんにおける「経験」は全く違う。

 ちょっとした買い物をする時にも、とりとめのない会話を交わす。

 「りんごをください」と言うと、「この時期は青森のこの品種がいいんですよ」などと教えてくれる。

 「確か、梨がお好きでしたよね。もう少しすると、いい梨が入りますよ。」「このお(いも)は、新しい品種なんだけど、甘くて、美味(おい)しいですよ。」「このネギはねえ、これからの時期、甘みが増してくるんですよ。」

個人商店は、とりとめのない会話が楽しい

 考えてみれば、長年、野菜や果物の仕入れをしてきたわけだから、それだけ目利きであり、蓄積された知識も豊富でいらっしゃる。ちょっとした会話の中に、そのような学びがある。

 「りんごは蜜が入っているのが人気で、甘くて美味しいんだけど、そういうりんごは黒くなりやすいので、仕入れるときに気をつけなければいけないんです。」

 そんなことを聞いた時には、へえ、そうなのかと心が動く。そして、りんごの品種や栽培法について、もっと知りたくなる。

 自分自身を振り返ってもそうだし、周囲を観察していてもそうだけれども、そのような会話を楽しいと思うか、あるいは面倒だと思うかで人生の選択が分かれていくように思う。

便利さの代わりに手放したもの

 コンビニやスーパーでは、よほどのことがない限り、個人的な会話は交わさない。また、一つひとつの野菜や果物の背後にある「物語」も伝わることがない。そのことが、「便利さ」の代わりに私たちが手放したものだとしたら、少しもったいない。

 一つひとつ手にとって、籠に入れて、レジに行く。そのどこにも、「引っ掛かり」や「面倒なこと」がないことを私たちが「便利さ」だと思っているとするならば、そして、そのような「便利さ」を支えるために「システム」が開発、維持されているとすれば、文明がそのような方向だけに行くことには、疑問が起こる。

 本当は、スーパーの生鮮食品の仕入れ担当の方が、どのような苦労をして商品を選んでいるのか、知りたい。コンビニのレジに立つ外国人留学生や実習生が、どんな思いで祖国を離れて日本で生活しているのかも聞いてみたい。

 「便利さ」は、そんな人間的な会話を排除するものであっては、本当はいけないのではないか。

 最近、スーパーでは、野菜を栽培している方の写真や、手書きのポップをつけて親しみを感じさせるディスプレーも見かけるようになった。コンビニでも、その地方のローカルな食品を見かけるとほっとする。

便利なシステムと個性の両立が重要

 システムの便利さと、私たち一人ひとりや、地域のユニークな個性を生かすことをどう両立させるのか。この問題は、人工知能の技術によってシステムの精緻さ、効率が一層高まっていく今後において、ますます重要になってくると考えられる。

 何よりも、つい「システム」の後ろの黒子になりがちな、商品を仕入れ、販売している方々の思いがもっと伝わったら良いのにと思う。

 ふとした会話から多くのことを学ぶことができる個人商店での経験を振り返ると、今システムの便利さと引き換えに、私たちが何を失おうとしているのかが見えてくる。そして、人間的な(ぬく)もりの回復への課題も浮かび上がってくるのだ。

 

プロフィル
茂木 健一郎( もぎ けんいちろう
 脳科学者、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。1962年、東京生まれ。東大大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。クオリア(感覚の持つ質感)をキーワードに脳と心を研究。最先端の科学知識をテレビや講演活動でわかりやすく解説している。主な著書に「脳の中の人生」(中公新書ラクレ)、「脳とクオリア」(日経サイエンス社)、「脳内現象」(NHK出版)、「ひらめき脳」(新潮社)など。近著に、「成功脳と失敗脳」(総合法令出版)。
無断転載禁止
481377 0 世界を脳から読み解く 2019/03/11 05:20:00 2019/03/11 15:54:21 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/03/20190305-OYT8I50026-T.jpg?type=thumbnail

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