時代の区切りに質感…元号は「脳のクセ」に合う

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 新しい元号が「令和」に決まった。

書道教室の生徒たちが書いた新元号「令和」(北海道夕張市で)
書道教室の生徒たちが書いた新元号「令和」(北海道夕張市で)

 4月1日午前の菅官房長官による発表を、私も生中継で見ていた。

 不思議なことに、「平成」は4月30日まで続くのに、もう気分が変わり始めたような気がする。

 街を歩いていても、すでに「令和」の気持ちが少しずつ浸透してきているように感じるのである。

 「平成」を、当時の小渕官房長官が発表した時の様子を鮮明に覚えているという人は多いだろう。同じように、今回、菅官房長官が「令和」を発表するその様子は、長く記憶に残るだろうと思う。

 人間の脳の中では、感情の中枢である「扁桃体(へんとうたい)」と、記憶の中枢である「海馬(かいば)」が連携して体験を定着する。強い感情を喚起するような刺激は、扁桃体を活動させ、その情報が近くにある海馬に送られて、記憶がより鮮明に定着すると考えられている。

 今まで見たことがないような新奇な情報は、感情の中枢である扁桃体を活性化させやすい。

 元号は、「新奇性」を満たす刺激である。実際、元号を考案する時の条件として、「俗用されていないこと」、すなわち、社会の中で不特定多数の人の目に触れていないことが挙げられる。人の目に触れていないことが、元号の条件なのである。

 元号は発表された瞬間、あたかも、この地上で新たに発見された元素のような初々しさをまとっている。「平成」もそうだったし、「令和」もそうであった。遡れば、「明治」や「大正」「昭和」もまたそうだったのだろう。

 時の官房長官が、新たな元号を発表する。元号の書を掲げる。この瞬間がもたらす感動価値は、その元号が初見であるがゆえに、今まで見たことがない「文字列」であるがゆえに、長い間にわたって脳に記憶されるのである。

 脳の記憶の回路に対する働きかけという意味では、菅官房長官にとって、新元号の発表がその長いキャリアの中でこれまでのところ最大の「仕事」となったといっても良いだろう。

 ところで、グローバル化の中で、日本が「元号」という独自の制度を保ち続けていることについては、さまざまな議論がある。

 元号制度の起源があった中国では、すでに使わなくなって久しい。東アジアの漢字文化圏の中で、日本だけが元号を使い続けている。

 日本人の脳の使い方の特徴の一つとして、古くからあるものを長く受け継いでいくという態度があるように思う。

 元号もまた、日本だけが使い続けているという意味では、文化的資産の「動態保存」であるとも言えるのではないだろうか。

 元号は不便であるとか、合理的ではないという議論もある。西暦に統一した方が、事務処理上もコンピューターシステムなどにとっても対応が簡単になるという論も見られる。

 確かに、元号が通用するのは日本の中だけであり、国外とやり取りするためにはさまざまな付加的な措置をしなければならない。西暦と元号の間の「変換」も大変である。令和の場合、「西暦(の下2桁)から18を引く」というやり方で計算できるけれども、その分、脳に余計な負担がかかる。

 かといって、元号に意味がないのかと言えば、そうではないだろう。

 人間には、不思議なことに、ある時代をひとまとめにしてその特徴をつかみたいという傾向がある。合理的な理由があるわけではなく、認知の癖のようなものだと言えるだろう。

 西暦においても、もともとは10進法に基づく単なる数字に過ぎないのに、100年ごとの「世紀」の区切りが近づくと、「世紀末」ということが言われる。「1980年代」「1990年代」というように、10年ごとにまとめてその特徴を論じる風潮も根強い。

 2000年以降に成人する(すなわち、1980年代以降に生まれた)人たちを「ミレニアル世代」と言うのは、米国などでしばしば見られる表現であるが、これも元をただせば何の根拠もない。ある時代をひとかたまりにして、その共通の特徴を捉えたいという人間の認知の癖である。

 西暦では、もともとはただの数字なので、ひとかたまりにしようとしても、その「質感」は限られている。一方、「明治」「大正」「昭和」「平成」、そして「令和」という元号は、それぞれが独特の質感を持って、その時代の風景がパッとよみがえるところがある。

 元号は、ある時代をひとかたまりにして認識したいという人間の傾向から見れば、優れたシステムだということができるのである。

 「令和」は、どのような時代になるのだろうか。今よりもさらにグローバル化が進むであろう近未来。世界が緊密に結びつく時代にこそ、それぞれの地域の独自の文化が問われるという意味では、「元号」は今まで以上の働きをするようになるのかもしれない。

 インバウンドの観光客の方々が、元号に関わるグッズを買い求めるなど、今まで想像もしなかった動きも出てくるかもしれない。古くからあるものを粘り強く受け継いでいくという日本のやり方が、人間の脳の癖に案外合っていて、グローバル化の時代には「付加価値」になり得るのである。

茂木 健一郎
プロフィル
茂木 健一郎( もぎ けんいちろう
 脳科学者、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。1962年、東京生まれ。東大大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。クオリア(感覚の持つ質感)をキーワードに脳と心を研究。最先端の科学知識をテレビや講演活動でわかりやすく解説している。主な著書に「脳の中の人生」(中公新書ラクレ)、「脳とクオリア」(日経サイエンス社)、「脳内現象」(NHK出版)、「ひらめき脳」(新潮新書)など。近著に「『書く』習慣で脳は本気になる」(廣済堂新書)。
無断転載禁止
522152 0 世界を脳から読み解く 2019/04/08 05:20:00 2019/04/09 10:26:31 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/04/20190403-OYT8I50025-T.jpg?type=thumbnail

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