脳が好感度アップ? 「どぶ板選挙」の効用

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 この原稿が公開される頃には、統一地方選挙の後半戦も開票がほぼ終わり、結果が出ていることだろう。

 当選した方は、わが世の春のように感じているだろうし、落選された方は、疲れを癒やし、捲土(けんど)重来を期しているかもしれない。

 国政選挙と比較して、市町村、都道府県の首長や市町村議会の議員を選ぶ地方選挙は、より身近であり、生活に密着している。

 その一方で、国政に比べると争点などが見えにくく、一人ひとりの候補者のこともよく知らない場合も多いから、投票する上で戸惑ったという方もいらっしゃるかもしれない。

 私は、いろいろな縁があって、首長選挙や地方議会の選挙の舞台裏を見た経験がある。そこで見聞きしたことを総合すると、地方選挙の選挙戦は本当に「人間臭い」なあと思う。

 国の将来や経済政策、外交などが問われる国政選挙が、どちらかと言えば「思想」や「イデオロギー」に左右されがちなのに対して、地方選挙はより人間密着型である。もちろん、各政党も関与するわけだし、政策や未来像が選挙に関係ないわけではないけれども、むしろ人と人とのつながりが大切になる。

 選挙戦の中で、候補者や選挙事務所スタッフはなんとかして有権者と直接のかかわりを持とうとするようだ。デジタルやインターネット全盛の今どきとしては珍しいくらい、直接、顔を合わせて、身近に接する機会を積み重ねることが大切になるのである。

 街を走り回り、小さな集会を重ね、街頭で訴えかける。そのような地道な積み重ねが、経験上、大切とされているようである。

 人間の認知プロセスに関しては、「単純接触効果」が知られている。どんな形であれ、何度も顔を合わせていると、接触した回数が多くなるほど、好感度も増していくのである。

 選挙の関係者が単純接触効果をどれくらい知っているかはわからない。けれども、たくさん顔を出して覚えてもらうということは、どの陣営も基本的な戦略として採用しているようである。

 選挙の「プロ」の話を聞くと、とにかくいろいろなところに顔を出して、「あの先生は来ていた」「出席していた」と認識してもらうこと、覚えてもらうことが大切だとされているようである。

 有権者一人ひとりとの直接的なつながりを重視する、いわゆる「どぶ板選挙」である。現に、どぶ板選挙は国会議員でもやっているが、選挙区が小さい地方選挙ではそれが徹底される。

 政策や未来像が大切だというスマートな価値観から見れば、ずいぶんと時代遅れで、泥臭いようにも思える。過去には、どぶ板選挙を否定して、一切そのような選挙運動をしないで当選した候補者もいた。しかし、人間のコミュニケーションのあり方を考えると、案外、どぶ板選挙の中にこそ本質的な価値があるとも言えると思う。

 何度か、候補者が「どぶ板選挙」で選挙区内を回っているところを見たことがある。単に顔を合わせたり、握手をしたりしているようでいて、思いの外、実質的なやり取りがそこで行われていることが多い。

 ふだんの生活の中で困っていること、悩んでいること、期待していることがほんのわずかな間の言葉の中に表れたり、人々の表情や、しぐさ、身ぶりからさまざまな印象を受けたりする。たくさんの人に接することで得られる情報は、意外に多い。

 インターネットで、抽象的な情報や概念を扱っているのとは比較にならないくらいの身体性をともなった、感情に訴えかける情報がたくさん伝わっているように思うのである。

 政治に対する期待が低下したり、関心が薄れてしまったりしているというような報道もある。投票率も下がる一方だ。けれども、顔を直接合わせて何かをやりとりすることを重視するという選挙のやり方には、現代において見落とされがちな、人間のつながりの基本が案外、表れているように思う。

 考えてみると、家族にせよ、友人にせよ、会社やサークルといった人の集まりにせよ、単に思想や未来像が同じだからという理由で引き寄せられているのではないだろう。そのような理屈抜きで、人と人とのつながりは生まれ、維持されている。

 人間関係は、むしろ、すべて「どぶ板」だということもできる。何といっても直接顔を合わせて、触れ合い、いっしょにご飯を食べたり、お酒を飲んだり、そのようなときに伝わることがとても大きくて、また大切だ。

 人間は生きものであり、動物である。理屈を超えた人間関係の本質に立ち返るとき、ともすれば時代遅れであるとか、政策や未来像が不在であると言われることも多い地方選挙におけるどぶ板選挙には、むしろ未来へ向けての可能性があるとさえ言えるのではないか。

 それにしても、私たちは、インターネットなどのデジタル情報ばかりに頼るのを少しだけやめて、自分の周りの生身の人間にこそ目を向けるべきなのかもしれない。

 スマートフォンを取り上げられるのと、大切な人と過ごす時間が減らされるのと、どちらを選ぶかと聞かれると、スマートフォンを選ぶ人も多いとされる今の時代。泥臭いとか、時代遅れだとか言われることの中に、案外、人間回復への道があるのかもしれないと思う。

茂木 健一郎
プロフィル
茂木 健一郎( もぎ けんいちろう
 脳科学者、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。1962年、東京生まれ。東大大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。クオリア(感覚の持つ質感)をキーワードに脳と心を研究。最先端の科学知識をテレビや講演活動でわかりやすく解説している。主な著書に「脳の中の人生」(中公新書ラクレ)、「脳とクオリア」(日経サイエンス社)、「脳内現象」(NHK出版)、「ひらめき脳」(新潮新書)など。近著に「『書く』習慣で脳は本気になる」(廣済堂新書)。
542165 0 世界を脳から読み解く 2019/04/22 05:20:00 2019/04/22 05:20:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/04/20190416-OYT8I50039-T.jpg?type=thumbnail

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