次は東京五輪…「自国開催」が脳を元気にする

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東京オリンピック開幕までの日時を表示するカウントダウンクロック(東京駅前で 10月3日撮影)
東京オリンピック開幕までの日時を表示するカウントダウンクロック(東京駅前で 10月3日撮影)

 ラグビーW杯で日本中が沸き返る中、東京オリンピック・パラリンピック開幕までの残り時間も300日を切った。

 まず、東京オリンピックの開会式が来年の7月24日に行われる。

 開催が決まった時にはまだまだ先だと思っていたのだが、時計の針はどんどん進んでいる。

 東京駅の丸の内口には、開会式までの「カウントダウン」の大きな時計が設置され、人々が記念撮影をしているのを見かける。私も、通り過ぎる度に立ち止まって見とれてしまう。期待に胸が高鳴ってくる。

 前回の東京オリンピックが開かれた1964年、私は開催中に2歳になった。当然のことながら、何も覚えていない。ものごころついてから、夏季オリンピックが日本で、この東京で開かれるのは、初体験である。

 自分の国、ふだん住む街、親しみのある場所でオリンピックが開かれる時にはどのような経験ができるのか、脳科学的にもたいへん興味深い。

 そもそも、オリンピックが持つ素晴らしい文化、面白さは何に起因するのか。

 まずは選手の「本気度」である。

 オリンピック出場経験を持つさまざまなアスリートに話を伺うと、オリンピックは、普通の世界大会と全く様子が違うのだという。「何から何まで特別なのです」と、あるアスリートは話してくれた。

 ふだんから同じレベルの選手たちと競い合っているのだから、オリンピックも似たようなものだと思っていたけれども、「4年に一度」にかける気迫、集中度は異次元のものだというのだ。

 選手によっては、オリンピックの前年に開かれる世界選手権ではあえて本気を出さないで競技する人もいるという。そのようにして、ライバルに実力を見せないでいて、オリンピック本番で一気に全力を出してくる選手もいるのだそうだ。

 知名度のほとんどない選手が、彗星(すいせい)のように現れてメダルをさらっていくこともある。いろいろなことが起こりうるから、オリンピック本番の緊張感は、極限さえも超えているのだとアスリートたちは言う。

 このように究極レベルの「本気」で、人生を懸ける戦いだからこそ、アスリートの姿をぜひ近くで見てみたい――そう願う人が多い。

 自国開催はまさにその絶好の機会だが、実は脳の働きから見ても、この究極の戦いが、身近な、よく知る場所で行われることには大きな意味がある。

 幸運にも競技会場で見られたらそれは素晴らしい記憶になるし、テレビなどで見たり、パブリックビューイングで観戦したりする場合でも、自国開催であれば、見る側の脳の「本気度」も違ってくる。

 脳の前頭葉にあるミラーニューロンは、鏡に映したように自分と他人を照らし合う。ほんの一瞬のために長く苦しいトレーニングを積んできた選手たちが、全力を尽くして競技する姿を見ることで、それが鏡に映ったように観衆自身の「本気」へと変換されるのだが、脳の中には、見ている対象がどの場所にいるかを認識する「場所細胞」もあり、普段から自分が慣れ親しんでいる場所、すなわち自国で開催されることで、場所細胞の活動と結びついた感情や記憶の連想が起こりやすくなる。

 つまり、画面やスクリーン越しであっても、観戦することで脳が非常に活性化する。そのような類いまれなる機会が、だんだんと近づいてきているのだ。

1964年の東京オリンピックで、選手村を見学に訪れた小学生と交流するケニアの選手たち
1964年の東京オリンピックで、選手村を見学に訪れた小学生と交流するケニアの選手たち

 オリンピックの素晴らしさは、その「コミュニティー」のあり方にも見いだすことができ、これも脳科学的な意味を持つ。志や情熱を一つとする人々の集まりが持つエネルギーが、脳の「共感」回路を通して周囲の者にも伝わっていくのである。

 ある陸上のアスリートに伺ったところによると、オリンピックでは、選手村に選手たちが集まって、食事なども一緒にとるところが、通常の世界大会とは全く異なるのだという。

 同じ場所に、さまざまな競技に取り組む、身長も体つきもバラエティーに富む選手が集まる。もちろん、代表する国、地域も多彩である。

 競技種目を超えて、選手たち、さらにはコーチや関係者たちが「コミュニティー」として一体感を持つ。

 この一体感は、実際に選手村に集う者しか味わえないかもしれない。一方、アスリートたちに聞くと、オリンピック期間中は競技を終えた選手たちが街に出ていくのだという。陸上の為末大さんに伺った話では、北京オリンピックの時には、例えば、「万里の長城」に様々な国や地域の選手たちがあふれるように集い、交流を深めていたという。

 オリンピックの観戦チケットが入手できなくても、会期中、東京の街を歩いているだけで、選手たちの姿を間近に見ることができるかもしれない。そのようにして、東京の街、日本中にまで一体感が広がる可能性がある。

 オリンピックに続いて行われるパラリンピックでは、さまざまな障害、ハンディキャップを乗り越えて競技する選手たちの姿に、見る者は深い感動を覚えることだろう。

 しばしば、オリンピック・パラリンピックの選手の競技を見て、「感動した」「勇気をもらった」という言葉が使われるが、先ほど述べた通り、ミラーニューロンの働きを通して、選手の本気が自分のものになるのである。

 人間の脳は、限界を超えようとすることで、「報酬系」と呼ばれる回路や、情動の中枢である扁桃(へんとう)体を中心とする回路が大きな刺激を受け、活性化する。パラリンピックの競技を身近に感じながら見ることで、私たち一人ひとりのチャレンジ精神が培われることだろう。

 脳は、ある体験をすることだけでなく、それを予期してあれこれと想像したり、待ち構えたりすることでも活性化する。東京駅前のカウントダウンクロック以外にも、例えば東京スカイツリーなど、さまざまな場所で東京オリンピック・パラリンピックの「兆し」を感じることができるだろう。

 これから本番までの時間の流れを、「一生に一度」の「本気」で味わっていきたい。

プロフィル
茂木 健一郎( もぎ けんいちろう
 脳科学者、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。1962年、東京生まれ。東大大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。クオリア(感覚の持つ質感)をキーワードに脳と心を研究。最先端の科学知識をテレビや講演活動でわかりやすく解説している。主な著書に「脳の中の人生」(中公新書ラクレ)、「脳とクオリア」(日経サイエンス社)、「脳内現象」(NHK出版)、「ひらめき脳」(新潮新書)など。近著に「『書く』習慣で脳は本気になる」(廣済堂新書)。
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838471 0 世界を脳から読み解く 2019/10/10 10:00:00 2019/10/10 10:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/10/20191009-OYT8I50006-T.jpg?type=thumbnail

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