「#危険なバス停」を報道する理由

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社会部デスク 足立大

 読売新聞社会部は9月1日に「#危険なバス停」の報道を始めた。(特集ページはこちら

 危険なバス停とは、(1)バス停に停車したバスの車体が横断歩道にかかる、(2)かからなくても横断歩道に死角を作るほど近接している、のどちらかにあたるバス停のこと。取材班が独断で名づけた。

 取材のきっかけは6月、I記者の言葉だった。「1年近く前、横浜のバス停でバスを降りた女の子が車にはねられて亡くなりましたよね。バス停のそばで起きる事故って、いっぱいあるんじゃないですかね」

 昨年8月30日、横浜市西区の市道で、小学5年生の女児(10歳)が交通事故に遭い、亡くなった。公園からの帰り道にバスを降り、停車中のバスの後ろを回って道路を横切ろうとしたら、左から直進してきた対向車にはねられた。その場所に信号機はない。そして、バスは横断歩道を塞いで止まっていた。バスの陰から出てくる形になった女児に、運転手の反応が遅れた。

 全国紙に地方紙、通信社の記事データベースを過去に遡って検索してみた。でも、バス停を降りた乗客が横断歩道やそのそばを渡ろうとして事故に遭った例はほとんど載っていない。

 その理由は、こうだと思う。

 交通事故の当事者は、加害者か被害者に分かれる。例えば、警察の発表文や検察の起訴状では、加害者を主語に必要最小限の事実関係が記載される。<甲(加害者)は、普通貨物自動車を運転し、〇〇日〇〇時頃、〇〇において、〇〇方面から〇〇方面に直進進行中、道路を横断中の乙(被害者)と衝突したもの>といったふうに。この淡泊な説明に、事故現場にはバス停があったとか、横断歩道をバスがまたいで死角を作っていたとか、周辺の事情が加えられることは、まずない。法律上、バスは加害者でも被害者でもないのだから。

 バスが死亡や重傷などの重大事故を起こすと、バス会社は国に事故報告書を提出する義務がある。でも、バスが加害者でも被害者でもなければその必要はない。同じように、公営の路線バスを手がける自治体の大半も、内部の報告書を作らないという。

 こうして、危険なバス停への認識は、社会で共有されにくくなる。そもそも事故を把握していないから、国や大部分の自治体、バス会社の危機感はさほど高まらない。

 ひょっとすると、歩行者が亡くなったり大けがしたりする深刻な事故が、そうは起きていないのかもしれない。でも、大学教授の一人は取材班に話している。「1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在する」。医療や航空機の分野で用いられる「ハインリッヒの法則」である。「だから、報道されない軽微な事故はたくさん起きているでしょう」と。大事故に至ったか、かすり傷ですんだかは結果にすぎない。

横浜市内の「危険なバス停」。交差点を塞いで停車するバスを次々と車が追い越していく
横浜市内の「危険なバス停」。交差点を塞いで停車するバスを次々と車が追い越していく

 問題は、その実態がしっかり調査されてこなかったことだ。危険なバス停の存在を取材に回答したバス協会は、三重、神奈川、長崎等の10県だった。富山県、宮崎県のゼロと、回答拒否の東京都を合わせても13都県。残り34道府県のバス協会は、数すら把握していなかった。

 記事に対するネットの反応をみると、<飛び出してくる歩行者が悪い>という運転者目線の書き込みもあった。横断歩道は、車より歩行者を優先するマークである。車は、横断歩道等を渡ろうとする歩行者や自転車がいないことが明らかな場合を除き、いつでも止まれるスピードで進まないといけない(道路交通法38条)。もし事故が起きたら、車に非があるのは明白である。

 それでも、私が運転していて、バスが前に停車したら追い越したくなる。そうしないと、自分の後ろの車ともどもずっとバスの後をたどることになるので、どこか申し訳ない気持ちにさいなまれる。JAF(日本自動車連盟)の全国調査では、信号機のない横断歩道を通過する車のうち、歩行者が道路脇にいて一時停止する割合は9%弱だったという。ゆったりハンドルを握りたいが、そうできないのが現実である。

 私たちの報道の主眼は、加害者か被害者のどちらかをあげつらうものではない。

 悲しい事故が起きるかもしれない舞台を、バス停と横断歩道がくっついて作り出している状況がある。そこでは、どんなに車と歩行者が注意しても、お互いが死角に入る瞬間ができる。そうであれば、その状況を物理的に改善する方法はないだろうか。バス停を動かすのか、横断歩道を消すのか、どちらも難しい場所はバス停マークを道路に描くのか、新しい交通ルールを決めるのか……。対策の土台とするためにも、国は「ヒヤリ・ハット」を含む事例を広く収集してほしい。

 日本は、交通事故の死者のうち歩行者が37%を占める。これは、イギリス(25%)、アメリカ(16%)、フランス(16%)、ドイツ(15%)に比べて群を抜いて高い(「令和元年版 交通安全白書」内閣府)。横断歩道のそばにバス停があるのは、高度成長期に生活を便利にするため、どんどん交通網を広げた名残とされる。

 I記者以下、取材班の3人の記者はこの夏、各地の危険なバス停を歩き、車と人の往来を収めた動画の一部をツイッターに投稿した。そして、SNSやブログの中には、近所の危険なバス停を撮影し、「#危険なバス停」を付けて社会に共有する方も出ている。

 高齢化によって生活に占めるバスの重要度は高まっていくだろう。安全よりも効率よい生活を重んじてきた私たちの価値観を転換する。危険なバス停の問題に対峙(たいじ)する人々は、その覚悟を問われるのかもしれない。

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