池袋暴走事故1年、妻子を失った夫「事故減らす」を使命に

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 東京・池袋で高齢ドライバーの車が暴走し、12人が死傷した事故から19日で1年。妻の松永真菜さん(当時31歳)と娘の()()ちゃん(同3歳)を失った松永拓也さん(33)は、突然命を絶たれた2人の無念を胸に、悲惨な事故をなくすための活動を続けている。(田村美穂)

カレンダーは妻子を失った昨年4月のまま

莉子ちゃんが好きだった絵本を手に娘と妻の思い出を語る松永さん(4月4日、東京都豊島区で)=宮崎真撮影
莉子ちゃんが好きだった絵本を手に娘と妻の思い出を語る松永さん(4月4日、東京都豊島区で)=宮崎真撮影

 「いまでも玄関を開けると、()()が『おとうさん、おかえり』って飛びついてきて、後ろで真菜がほほえんでいる気がするんです」。東京都豊島区の自宅アパートで、松永さんがそう明かした。

莉子ちゃんの長靴(中央)が、母の真菜さんの靴(左)と父の松永さんの靴の間に置かれている(4月4日、東京都豊島区で)=宮崎真撮影
莉子ちゃんの長靴(中央)が、母の真菜さんの靴(左)と父の松永さんの靴の間に置かれている(4月4日、東京都豊島区で)=宮崎真撮影

 玄関には、莉子ちゃんの小さなピンクの長靴がそのまま置かれている。台所には、料理上手な真菜さんがカレー作りに使った8種類のスパイス。

 居間には、莉子ちゃんが好きだった「ノンタン」や「しろくまちゃん」の絵本。2歳の誕生日に贈った「おままごとセット」は、家事をする真菜さんのまねが大好きな莉子ちゃんのお気に入りだった。

莉子ちゃんが絵を描いていた紙を松永さんがめくると、今まで気づかなかった絵が出てきた(4月4日、東京都豊島区で)=宮崎真撮影
莉子ちゃんが絵を描いていた紙を松永さんがめくると、今まで気づかなかった絵が出てきた(4月4日、東京都豊島区で)=宮崎真撮影

 室内の壁には、笑顔で手をつなぐ家族3人の絵が飾られている。莉子ちゃんがペンで一生懸命に描いたものだ。

 その上のカレンダーは事故が起きた昨年4月のまま。事故4日後には、莉子ちゃんが初めて英語教室に行く予定が〈イングリッシュ!〉と書き込まれていた。5月には真菜さんのふるさとの沖縄に、6月には東京ディズニーランドに行く予定だった。カレンダーをめくると、家族3人で楽しむはずの予定がいっぱいだった。

 2DKの室内は、幸せいっぱいな日々のまま。だが、2人はもういない。

事故の2時間前、テレビ電話には娘の笑顔があった

 事故が起きた昨年4月19日、松永さんは千葉県内の勤務先にいた。

 昼休みにスマートフォンのテレビ電話で、家の近くの公園にいた真菜さん、莉子ちゃんと話した。真菜さんの口ぶりをまねて「きょうは定時?」とおませに聞く莉子ちゃん。「定時だよ」と優しく答えると、莉子ちゃんは「お仕事、がんばってね」とかわいらしい声を弾ませた。

 公園で昼食を終え、これから家に帰るという2人に、松永さんはいつものように「気をつけて帰ってね」と声をかけた。手元のスマートフォンの画面では、莉子ちゃんが笑顔で両手を振り、バイバイしていた。

 その2時間後、松永さんのスマートフォンが鳴る。警察官から、2人が事故に巻き込まれて危ない状態だと知らされた。詳しく聞こうとしても、「とにかく病院に来て下さい」と言うばかり。

 不安に押しつぶされそうになりながら、電車で病院に向かう途中、スマートフォンにニュースが届いた。

 〈東京・池袋 事故で30歳代女性と3歳くらいの女児が心肺停止〉

事故直後の現場(2019年4月19日、東京都豊島区で)=若杉和希撮影
事故直後の現場(2019年4月19日、東京都豊島区で)=若杉和希撮影

 えっ? これって、真菜と莉子のことなのか? そんな……。

 足が震えて立っていられず、混雑する電車内の床に崩れ落ちた。動悸どうきが止まらない。「何かの間違いでは。何とか生きていて――」

 震える手でスマートフォンの画面を打つ。真菜さんのLINE(ライン)に、「無事でいてくれマナりこ」とメッセージを送った。だが、いつまでも「既読」は付かなかった。

 都内の病院に着くと、笑顔の真菜さんが待ち構えていて、「ちょっとけがしちゃったんだよね」と言ってくれないか。そんな願いもむなしく、残酷な事実を告げられた。「2人とも即死でした……」。医師の言葉に全身の力が抜け落ち、その場で泣き崩れた。

 ベッドの上の2人は、全身に白い布をかけられていた。真菜さんは体中、擦り傷やあざだらけ。莉子ちゃんは顔に大きな傷を負い、小さな体の上に、「シールちゃん」と名付けてどこに行くのも一緒だったうさぎのぬいぐるみがあった。

 遺体を自宅に引き取り、3日間、夜は3人で「川の字」になって寝た。右に莉子ちゃん、左に真菜さん。「どうか夢であってほしい」。何度そう思ったか。でも、手を握ると、硬くて冷たい。受け入れがたい現実が、そこにあった。

 通夜では、大小二つのひつぎに「出会えて良かったよ」「幸せだったよ」と繰り返し声をかけた。いつもの寝かしつけと同じように、莉子ちゃんに「ノンタン」の絵本を4冊読んだ。〈おおきなこえで でかでか ありがとう! みんなに みんなに ありがとう!〉。天国の娘に、震える声で読み聞かせを続けた。

2人に恥じないように生きる…再発防止訴え

車や自転車が行き交う事故現場に立つ松永さん(4月4日、東京都豊島区で)=宮崎真撮影
車や自転車が行き交う事故現場に立つ松永さん(4月4日、東京都豊島区で)=宮崎真撮影

 松永さんはその後、会社を約1か月休職し、深い喪失の日々を送った。愛する家族を失った悲しみと、「どうして2人が……」というやり場のない憤り。

 事故を起こした高齢ドライバーを憎みたくなる気持ちと、憎しみにとらわれる自分を天国の2人は望んでいないのではないかという葛藤……。「こんなに苦しいなら死んだ方がましだ」「2人がいない人生なんて、生きている意味がない」

 どん底の中から、前を向く力をくれたのは、事故直後に駆け付けてくれた親族の「2人はこれからもずっとそばにいるよ」という言葉だった。その言葉を何度も胸の中で反すうしているうちに、「2人に恥じないように生きていこう」と思えるようになった。

厳罰を求める署名を呼びかける松永さん(右端)(2019年8月3日、東京都豊島区で)=三浦邦彦撮影
厳罰を求める署名を呼びかける松永さん(右端)(2019年8月3日、東京都豊島区で)=三浦邦彦撮影

 2人の死を無駄にしたくない。事故で悲しむ遺族を増やしたくない。そうした思いから、加害者への厳罰を求める署名活動を始めた。

 憎しみからではなく、「軽い罪で終わる前例を作りたくない」との思いからだ。支援の輪は広がり、署名は39万件を超えた。

 昨年秋には、被害遺族らでつくる「関東交通犯罪遺族の会(あいの会)」にも参加し、赤羽国土交通相に面会して事故防止策の強化を訴えた。

 国は、違反歴のある高齢ドライバーに運転技能検査を義務付けるなどの対策に乗り出している。

 自動車運転死傷行為処罰法違反で起訴された旧通産省工業技術院の元院長(88)の公判には、被害者参加制度を使って出廷する予定だ。自らが起こした事故とどう向き合っているかを聞き、愛する家族を突然奪われた苦しみがどれほどのものかを伝えたい。

 松永さんは裁判や法律についても学び、高齢な被告が元気なうちに真実を述べてほしいと、早期の公判開始を求めている。

写真と思い出を心の支えに

都内で開かれた親戚の運動会で、娘の莉子ちゃん(左)、妻の真菜さん(左から2人目)と記念撮影をする松永さん(2018年10月13日、松永さん提供)
都内で開かれた親戚の運動会で、娘の莉子ちゃん(左)、妻の真菜さん(左から2人目)と記念撮影をする松永さん(2018年10月13日、松永さん提供)

 事故からしばらくは、つらくて2人の写真を見ることができなかったが、年が明けてからは2人の写真や思い出が心の支えになっている。

 ぴったりとくっついて自撮りする笑顔の真菜さんと莉子ちゃん。立てるようになったばかりの莉子ちゃんが体を上下させて喜ぶ姿……。スマートフォンのアルバムを開くと、幸せな日々がよみがえる。

 松永さんは時々、真菜さんと莉子ちゃんの夢を見る。

 生前と同じように、真菜さんは「お酒をあまり飲み過ぎないでね」と松永さんの健康を気遣い、莉子ちゃんは「おとうさん、抱っこ」と天使の笑顔で甘えてくる。

 貴い命を奪った事故の真実を明らかにし、悲惨な事故を減らす活動を続けていく。「いつか自分の寿命が尽きた時、天国の2人に笑顔で再会し、『おとうさん、がんばったね』って抱きしめてもらいたい」

事故の約3か月前、真菜さんの手作りケーキで莉子ちゃんの3歳の誕生日を祝った(2019年1月11日、松永さん提供)
事故の約3か月前、真菜さんの手作りケーキで莉子ちゃんの3歳の誕生日を祝った(2019年1月11日、松永さん提供)

東京・池袋の暴走事故  昨年4月19日昼、東京都豊島区東池袋の都道で旧通産省工業技術院の元院長(88)の乗用車が赤信号を無視して暴走し、横断歩道の通行人らを次々とはねた。松永真菜さん(当時31歳)と娘の莉子ちゃん(同3歳)が死亡し、元院長を含め男女10人が重軽傷を負った。警視庁が同年11月、元院長を自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致死傷)容疑で東京地検に書類送検し、同地検が今年2月、東京地裁に在宅起訴した。

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1165689 0 社会 2020/04/14 16:22:00 2020/04/17 16:04:49 2020/04/17 16:04:49 池袋での高齢ドライバー暴走事故から1年 自転車などが行き交う事故現場に立つ遺族の男性(4月4日、東京都港区で)=宮崎真撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/04/20200414-OYT1I50032-T.jpg?type=thumbnail

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