不戦の願い込めた「宇宙戦艦ヤマト」、艦長は父親がモデル…松本零士さんインタビュー

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 「宇宙戦艦ヤマト」などで知られる漫画家松本零士さん(82)は子どもの頃、B29の大群が飛んでいくのを毎日のように目にし、戦闘機の機銃掃射を受けた経験もある。終戦から75年の今年、何を思うのか。(聞き手・福元竜哉)

「イタリアで入院中、不安は感じませんでした。私は暴れん坊ですから、割と平気なんです」(今年1月、東京都練馬区にある松本さんの仕事場で)=零時社提供
「イタリアで入院中、不安は感じませんでした。私は暴れん坊ですから、割と平気なんです」(今年1月、東京都練馬区にある松本さんの仕事場で)=零時社提供

 ――昨年11月に訪問先のイタリアで倒れ、約3週間入院していました。
 「風景に見とれて歩いていたら、石畳が凍っていて滑りこけちゃったんです。あまりに寒かったので風邪を引いたようにもなっていたらしい。病院では毎日、イタリアの風景を窓から見て、楽しかったです」

 ――自身の戦争体験で印象的なことは。
 「終戦を迎えたのは、7歳の時でした。当時、母親の実家がある愛媛県の新谷(現在の大洲市)にいて、南の宇和島の方から(米爆撃機)B29の大群が飛んでいくのを毎日のように見ていました。機銃掃射も受けました。山を越えて急降下してくる(米戦闘機)グラマンに、田んぼ道で『タタタン、タタタン』とね。これがものすごい。水しぶきや石が舞い上がり穴が開いていく。ところが、まだガキだったもんですから、その後にそこに行き、弾を拾い出して、宝物にしていました」

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1386505 0 社会 2020/08/04 11:35:00 2020/08/04 17:47:11 2020/08/04 17:47:11 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/07/20200727-OYT1I50076-T.jpg?type=thumbnail

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