終わらぬ夏<6>ピカーッ 沈んだ家…J1広島元総監督 今西和男さん(79)

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いまにし・かずお 1941年、広島市生まれ。サッカー選手として東京教育大、東洋工業で活躍。元日本代表。引退後、マツダ(東洋工業から改称)を母体とするJリーグ・サンフレッチェ広島の強化に携わり、森保一(もりやす・はじめ)現日本代表監督ら、多くの選手、指導者を育てる
いまにし・かずお 1941年、広島市生まれ。サッカー選手として東京教育大、東洋工業で活躍。元日本代表。引退後、マツダ(東洋工業から改称)を母体とするJリーグ・サンフレッチェ広島の強化に携わり、森保一(もりやす・はじめ)現日本代表監督ら、多くの選手、指導者を育てる

 1945年夏。4歳だった私は、広島市の中心部にある生家から2キロほど離れた二葉の里という所に住んでいました。8月6日の朝、2階の軒先で椅子に座って脚をブラブラさせながら、向かいの家の女の子と口げんかをしていたときのことです。左の方がピカーッと光ったと思ったら、家がズシンと沈み込んで、2階からそのまま落っこちた。(聞き手 川島健司、写真 鈴木竜三)

 たまたま1階の縁側で掃除をしていたお袋が、私を屋根瓦の下から引っ張り出して、近くの山にある防空ごうに逃げた。おんぶされて移動する間、「お母ちゃん、あの人、血が出てるよ」と言ったら、お袋が「あんたも出てるよ」。見たら、血まみれでした。

 近所の人で、ご主人が病気で歩けない奥さんがいて、何とか連れ出そうと思われたんでしょうね、「今西さん、助けてえ」と。うちの母親は息子のことで精いっぱいだから、「こらえてちょうだい、私はこの子を連れて逃げにゃいかん」。

 途中に川があって、みんなやけどで熱いから、水を求めて何百もの人が川の中にいました。4歳の頃なんて記憶がないけれど、この日のことは、はっきり覚えています。

 とにかく、体から血が出ていたのが怖かった。それと、やけどでジュクジュクしたところにハエが卵を産んで、ウジがはい回る。これが痛い。ピンセットで取ってもらうんだけれど、治療薬といっても、赤チンしかない。そのつらさといったら忘れようがないですね。

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1390883 0 社会 2020/08/06 05:00:00 2020/08/13 17:17:45 2020/08/13 17:17:45 戦後企画用、今西和男さん(20日、広島市で)=鈴木竜三撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/08/20200806-OYT1I50015-T.jpg?type=thumbnail

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