終わらぬ夏<8>米国から届いた50銭札…児童文学作家 富安陽子さん(61)

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とみやす・ようこ 1991年「クヌギ林のザワザワ荘」(あかね書房)で日本児童文学者協会新人賞、小学館文学賞、2011年「盆まねき」(偕成社)で野間児童文芸賞。エッセー集に「童話作家のおかしな毎日」(同)。大阪在住。
とみやす・ようこ 1991年「クヌギ林のザワザワ荘」(あかね書房)で日本児童文学者協会新人賞、小学館文学賞、2011年「盆まねき」(偕成社)で野間児童文芸賞。エッセー集に「童話作家のおかしな毎日」(同)。大阪在住。

 海軍中尉で特攻隊員だった伯父の富安俊助は22歳で戦死しました。伯父の衣服の中にあった50銭札を、アメリカの方が保管しておられ、今年の5月14日、遺族に返還したいと連絡してこられました。その日は75年後の祥月命日でした。(聞き手 森川暁子、写真 河村道浩)

 伯父の両親もきょうだいもすでに亡く、私は1959年の生まれで伯父には会ったことがありません。私に受け取る資格があるのだろうかと戸惑いましたが、そんな日に連絡があるなんて、伯父は帰ってきたいのだろうと思いました。

 先月、郵便が届きました。入っていた小さなお札は色あせて、血痕のようなものがついていました。伯父が直接ふれただろうもの。とても生々しく、さわると、伯父にふれたような気がしました。家に飾ってある、祖母や伯母、父たちが写った家族写真の前に置いて、「お帰りなさい」と言いました。

 伯父が特攻隊員として戦死したということを祖母の家で聞いたのは、小学校低学年のときです。とても悲しく、怖かった。でも、最期の様子が詳しくわかったのは、それからずいぶんたった2003年のことでした。

 1945年5月14日の早朝、伯父は500キロ爆弾を抱えた零戦で鹿児島県の鹿屋を飛び立ち、アメリカの空母エンタープライズに体当たりをしたのです。空母は大きく損傷し、乗組員14人も亡くなっていました。

 そのときの様子は、私が考えていた「特攻」とはイメージが違っていました。

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1396135 0 社会 2020/08/08 05:00:00 2020/08/13 16:23:58 2020/08/13 16:23:58 会ったことのない伯父、富安俊助中尉のことを思う富安陽子さん(大阪府豊中市で)=河村道浩撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/08/20200807-OYT1I50060-T.jpg?type=thumbnail

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