【独自】軍艦島の建物群、崩落の危機…大雨で劣化「修復不可能」

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 2015年に世界遺産に登録された長崎市の端島はしま(軍艦島)に立つ、国内最初期の鉄筋コンクリート(RC)造の建物「30号棟」が、今年の大雨で大きく崩れた。「軍艦島」の外観を形作る建物群の危機的な状況が浮かび上がった。

劣化が進む端島の30号棟(右手前)。4~7階部分が大きく崩落している(13日)=板山康成撮影
劣化が進む端島の30号棟(右手前)。4~7階部分が大きく崩落している(13日)=板山康成撮影

 13日、空から30号棟を撮影した。7階建て(高さ17・4メートル)の旧鉱員住宅の南面の4~7階と、西面6~7階のそれぞれ中央の外壁とはりが無残に崩れていた。ほかの壁も至る所に亀裂が走り、さびた鉄筋がむきだしになっている。歴史的にも貴重な1916年(大正5年)築の島最古のRC建物は全壊の危機にある。

崩落前の30号棟(2015年5月、読売ヘリから)
崩落前の30号棟(2015年5月、読売ヘリから)

 長崎市によると、崩落は南面が3月27日、西面が6月11~12日の大雨で引き起こされた。コンクリートが水分を吸収し、その重さで崩れたとみている。「内側から崩落が進み、補修の足場も組めない。現状での修復は不可能」という。

 海底炭鉱の拠点だった島では、人口の増加に対応するため、全国でいち早くRC造の高層建物が採用され、社宅や小中学校など30棟が残る。74年の閉山で無人島となり、ほとんどの建物で一般的な耐用年数(50~60年)が経過、劣化が深刻化している。

 世界遺産「明治日本の産業革命遺産」を所管する内閣官房は、「大正期以降の構造物であるため、世界遺産の価値に影響はない」とするが、有馬学・福岡市博物館長(日本近代史)は、「端島が産業革命遺産の代表的存在として紹介されているのは、軍艦のような姿があるからこそ」と指摘。「全体の保存は無理にせよ、劣化の進行を抑制する方法を早急に検討し、実行すべきだ」と話している。

 ◆端島=長崎港の南西約19キロ沖にあり、1890年に三菱が炭鉱を買収。埋め立てで元の3倍(南北480メートル、東西160メートル)の面積に拡張され、ピークの1959年には約5300人が暮らしていた。護岸や建物群の外観が軍艦「土佐」に似ていることから軍艦島と呼ばれるようになった。

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