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[あれから]<7>初代原子力規制委トップ 福島と生きる 決意…2012年9月

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 2012年9月19日、東京・六本木のビルの一室。福島の原発事故を受けて新たに発足した国の原子力規制委員会の初代委員長に就いた田中俊一さん(75)=当時67歳=は「やるしかない」と自分に言い聞かせた。

原子力規制委員会発足式で職員を前に訓示をする田中委員長(東京都港区で、2012年9月19日)
原子力規制委員会発足式で職員を前に訓示をする田中委員長(東京都港区で、2012年9月19日)

 原子力の平和利用を推進してきた自分が、原発を規制する組織のトップを担う。あれだけの事故が起き、国民の視線は厳しい。信頼回復の基本として組織の「独立性」と「透明性」にこだわり、通算240回に上った記者会見のやりとりはすべてインターネットで生中継した。5年の任期を終えた17年9月、最後の会見で、「福島に住む」と宣言した。

 東日本大震災の発生から、来年で10年になる。福島県飯舘村の山荘に暮らし、周辺でとれた山菜やキノコを食べながら、復興について考え続けている。
(社会部 田中文香)

3・11 地に落ちた信頼

 東日本大震災が起きた2011年3月11日。茨城県ひたちなか市の自宅で、田中俊一さん(75)=当時66歳=は「大変なことになる」と予感した。ラジオは津波で東京電力福島第一原子力発電所の電源が喪失したと伝えている。すでに原子力の第一線から退いた身だ。何をできるわけでもなかったが、ニュースに耳を傾けた。

「原子力ムラ」の一員として 国民に謝罪

 3日後、天皇、皇后両陛下へのご進講の要請を受けた。「現役の人は事故対応で忙しい。だから現役ではない専門家を」と望まれたという。夜中に自家用車を走らせ、東京に向かった。

 「炉心を冷却できず、米スリーマイル島の原発事故より重大なことが起きていると想像します」。15日、両陛下にご説明した。予定の時間を超えて熱心なご質問を受けた。

 想像をはるかに超える福島の深刻な事態。かつて日本原子力学会の会長も務めた田中さんは、一科学者として「安全神話」へのおごりがあったと責任を感じていた。事故から3週間後、他の科学者らと連名で、国に事故終息のための体制強化を求める建言を公表。文部科学省で開いた記者会見で、田中さんはこう言わずにはいられなかった。

 「原子力の平和利用を先頭で進めてきた者として、国民に深く陳謝します」

 太平洋戦争末期の1945年1月、福島市で生まれた。7か月後に終戦。国鉄勤務の父に伴い、伊達や会津で育った。数学と理科が好きな子どもだった。

 日本はエネルギー資源に乏しく、石油の対日禁輸は戦争の引き金にもなった。「原子力はこれから発展する夢のある分野」。そう考え、東北大で原子核工学を学んだ。

 日本原子力研究所(茨城県東海村)に就職し、放射性物質の遮蔽しゃへいや計測に関する研究を進めた。東海研究所の副所長だった99年、燃料加工会社「ジェー・シー・オー(JCO)」のウラン加工施設で臨界事故が発生。現場で放射線量を測定し、収束方法を探った。

 「福島で再び人が暮らせるように」。その一心で、田中さんは事故から約2か月後の5月、仲間とともに、汚染が広がっていた福島県飯舘村の長泥地区に入った。

 民家周辺の空間線量は毎時10~15マイクロ・シーベルト。一般の人が生活するには高すぎる放射線量だった。屋根や雨どいを高圧洗浄し、土や草をはぎ取る。施設の中ではなく、どこまでも広がる環境への汚染に、打ちのめされる思いだった。

 「なかなかむつかしい」。当時の日記に、田中さんはこう書いている。

 その後、飯舘村が全村避難となると、隣の伊達市から依頼されて学校や民家での除染作業に加わった。

 その姿を、民主党政権(当時)で環境相となった細野豪志氏(49)は現地で見ていた。「原子力ムラ」の一員として国民に謝罪した人、という認識はあったが、実際に長靴姿でスコップを握る姿に「危機的な状況から逃げない。腹が据わっている」とみた。

 翌年の2012年9月。環境省の外局として、原子力の規制を担う新たな機関「原子力規制委員会」が発足し、田中さんが初代委員長に選ばれた。

 この時の心境を、「ただ夢中だった。地に落ちた原子力への信頼を取り戻すという思いだったが、成算は全くなかった」と振り返る。

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1558394 0 社会 2020/10/19 05:00:00 2021/03/24 16:29:12 2021/03/24 16:29:12 原子力規制委員会発足式で職員を前に訓示をする田中俊一委員長。政府の新たな原子力規制組織「原子力規制委員会」は19日、野田首相が委員長と委員4人を任命して発足した。原発再稼働に向け新たな安全基準を策定し、審査する役割を担う。委員長は田中俊一内閣官房参与、委員は中村佳代子、更田豊志、大島賢三、島崎邦彦の4氏。田中氏は同日、皇居で認証式に出席した。東京都港区で。2012年9月19日撮影。 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/10/20201019-OYT1I50006-T.jpg?type=thumbnail

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