[あれから]<8>「腐ったミカン」3年B組・加藤の40年…1980年10月

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 東京・下町の中学校を舞台に様々な社会問題に切り込み、1979~2011年に放送されたTBS系テレビドラマ「3年B組金八先生」。中でも、非行や校内暴力を扱った第2シリーズ(80~81年)は絶大な人気を集めた。

 「腐ったミカン」こと、不良生徒・加藤優の存在感が抜群だったからだろう。

 強烈な排除の論理と、それを否定し生徒と向き合った金八先生、そして、社会からはみ出した孤独と葛藤を、無骨な体で演じた加藤役の少年の姿は、人々の心に深く刻まれた。その少年こそ、直江喜一さん(57)。「時の人」となり、波に乗って役者を続けるつもりだった。だが、人生はそうは進まなかった。

強烈な一発屋で結構

創業400年以上を誇る東証1部上場の松井建設の部長として働く直江さん。スーツ姿が板についている(9月19日、東京都中央区で)=竹田津敦史撮影
創業400年以上を誇る東証1部上場の松井建設の部長として働く直江さん。スーツ姿が板についている(9月19日、東京都中央区で)=竹田津敦史撮影

 東京生まれの東京育ち。中学1年の頃、妹が児童劇団に入っていた。「お兄ちゃんもやってみたら」と誘われたのが、直江喜一さん(57)が演技の道に入ったきっかけだった。

撮影時の直江さんとの思い出を語る武田さん(10月26日、東京都世田谷区で)=園田寛志郎撮影
撮影時の直江さんとの思い出を語る武田さん(10月26日、東京都世田谷区で)=園田寛志郎撮影

 「金八先生」でのデビューは、実は第1シリーズだ。他校の不良生徒として武田鉄矢さん(71)演じる金八先生や生徒らに絡み、最後は金八先生に投げ飛ばされる役だった。

 第2シリーズは、同じ不良でも主役級の「加藤まさる」役に抜てきされた。台本を読んだ時、直江さんは、「こんなに男気のある役をもらっていいのかな」と戸惑ったという。

 前の学校で暴力沙汰を起こし、教師らから「腐ったミカン」として排除された加藤。その論理は、

 腐ったミカンが一つでもあると、箱の中のミカンは腐ってしまう。他のミカンを助けるためには、腐ったミカンをつまみ出さなければならない――。

 転校初日、加藤は教室内で暴れ回り、止めに入った金八先生にも渾身こんしんの力でイスを投げつける。

 「その暴れ方が尋常じゃなくて。カッとしたら何をするか分からないという彼のキャラクターが、あの場面で決定した」と武田さんは振り返る。

 当時は校内暴力事件が増加の一途をたどっていた時代。放送時、高校3年生だった直江さんは通学途中、「おまえ加藤優だよな、勝負しろ」と絡まれ、撮影現場の荒川土手にはやんちゃな少年たちが、「加藤優」を一目見ようと詰めかけた。

 ドラマの終盤で、前の学校の放送室に立てこもった加藤。中島みゆきが歌う「世情」が流れる中をスローモーションで警察に連行されるシーンは、大きな話題となった。

 「おまわりさんに輪っぱ(手錠)をかけられた時は抵抗せず、少年なのに老人のような静けさで、絶妙の演技だった。三國連太郎さんでもできないのでは、というほど完璧だった」と武田さんは絶賛する。

放送から40年たった今も、「金八先生」の脚本家小山内さん(右)と交流を続ける直江さん=本人提供
放送から40年たった今も、「金八先生」の脚本家小山内さん(右)と交流を続ける直江さん=本人提供

 等身大の子供の姿にこだわったという脚本家の小山内美江子さんからは「加藤優はかっこいい役者にやらせたくない。あなたでちょうど良かったのよ」と言われた。「不良を美化してはいけない」という思いもあったのかもしれない。

 思春期の身には複雑な思いがないでもなかったが、「最高の役をもらった。この人気なら誰にも負けない」と、役者を続けると決めた。

「最高の役」俳優続ける決意 ところが…

 しかし、その後は鳴かず飛ばず。「腐ったミカン」のイメージが強くて仕事が入らず、あっても不良役ばかり。

バンド活動で川上さん(左)と共演した直江さん=カメラマンの日笠圭さん撮影
バンド活動で川上さん(左)と共演した直江さん=カメラマンの日笠圭さん撮影

 第2シリーズで共演した女優の川上麻衣子さん(54)は「本当の彼は明るくて社交的な三枚目。でも社会現象になったドラマでイメージが固定してしまった。周囲から『金八の加藤優』と言われることに相当悩んでいた」と語る。

 仕事がなく、パチンコで憂さを晴らした帰り道。前を歩く女性2人の会話に偶然、自分の名前が出た。直江さんが耳を澄ませると、「仕事がなくてぷらぷらしているらしいよ」「バカじゃない」。心をえぐられた。

 21歳で結婚し、子供も2人生まれた。俳優業を細々と続けながら、スーパーのレジ打ちや下水道の配管清掃のアルバイトで食いつないだ。25歳からは塗装のバイトを始めた。

 30歳になる直前。郵便局の外壁工事で、1歳年下の現場所長が数千万円を動かしているのを見てスケールの大きさに驚いた。その頃、部屋の整理中に、押し入れの奥から金八先生の台本が出てきた。「ここはもっと強く」「抑揚を」。自分の書き込みが残る。

 「いつまでも懐かしんでいてはダメだ」。直江さんは、自分を叱りつける思いで台本を閉じ、ビニールひもで十字に縛り上げて処分した。「俺は、過去の自分を捨てるんだ」

建設の道に転身 「加藤優」が仕事の幅広げた

 その現場所長に思いを伝え、建設会社で働き始めた。35歳の時、社寺建築などで知られる東証1部上場の「松井建設」(東京)の募集を知り、中途採用で入社した。

 定期券を持ち、毎日行く場所があり、月1回必ず給料をもらえる安心感。でも、周囲の社員らは大学で建築を学んだ人が多く、都立高卒で建築とも無縁だった自分は明らかに異分子だった。

 「俳優に建物がつくれるのか」。社内からも施主からも言われた。建築士や建築施工管理技士などの資格を取るために通勤電車で猛勉強し、現場近くに泊まり込む日が続いた。父親が危篤状態になった時も、母の死期が近かった時も仕事を優先し、両親ともに死に目に会えなかった。今思うと、あの頃はほぼ、「記憶がない」。

 そうして走り続けた直江さんは次第に、設計者、現場監督、職人は、芸能界でいう脚本家、ディレクター、俳優の関係に似ていると気づく。それぞれの役割を果たし、皆で作品を作る。新天地は思いのほか、自分の性分に合っていた。数年で、現場の一切を取り仕切る現場所長となった。

 現場で出会った設備会社社員の新井誠さん(60)は、担当設備にトラブルが見つかった時、直江さんから一方的に怒られるかと思ったら、「俺が何とかするから」と事情を聞いてくれたことが心に残っている。「偉ぶって責任を押しつけたりせず、男気があった。現場では一番下の作業員にも声をかけて、気配りの人だった」と語る。

 次から次へと現場を任されていた45歳の時。「直江って、有名人なのか?」。過去のドラマ出演を知った上司から、営業への転身を打診された。かつてあれほど脱却したいと願った「加藤優」が、仕事の幅を広げてくれた。

 それからは現場に精通した営業マンとして駆け回り、現在、東京支店の営業第二部長にまで昇進した。

「かっこつけず、懸命に」金八先生の教え

 アメリカには「腐ったリンゴは隣を腐らせる」ということわざがあるという。果物が熟すときに出るガスが、周囲にも波及してどんどん成熟が進む現象から、組織からのはみ出し者を、最初の腐ったリンゴにたとえたようだ。日本では金八先生の影響で、「ミカン」が広く定着した。

 ドラマの出演から40年。直江さんは今、充実した気持ちで、あの役と向き合っている。

 趣味のランニングサークルは「腐ったミカン’s」、所属するバンド名は「直江喜一とオレンジブレイカーズ」。劇団「ジャップリン」の舞台ではミカンを手に登場し、観客を沸かせる。

 「金八先生」のクライマックス、放送室のシーン。ドラマの反響に気が大きくなっていた直江さんは「自分に酔い、泣かせてやろう」と思ってセリフを読んだ。

 すると、すぐに武田鉄矢さんがセット裏に直江さんを連れ出した。「台本にあるのは全部良いセリフだ。どこかで見たような青春ドラマみたいな芝居はするな。かっこつけず、一生懸命やれば伝わるんだ」と諭された。

 「かっこ悪くても、一生懸命やる」。以来、この考えが、人生の大きなよりどころになったと、直江さんは思う。

 武田さんとは今でも、お互いに「先生」「優」と呼び合う。仕事先や趣味の活動でサインを求められたら、「金八先生 加藤優役 直江喜一」とさらりと書く。

 「強烈な一発屋で大いに結構。私の名前はわからなくても、『腐ったミカン』なら皆がわかってくれる」と直江さん。「人生はあみだくじのようなもの。途中でいろんな線が入って、今がある。泣きたいくらいつらいこともあったけど、今が一番と思える人生を送ってきた」。加藤優の面影が残る目元を、愛嬌あいきょうたっぷりにほころばせた。

転校初日に大げんか

 「3年B組金八先生」第2シリーズ(1980~81年)は全25回で、加藤優(直江喜一)の登場は5回目から。平均視聴率は前作を上回る26.3%。親の借金で大人の暴力に巻き込まれた加藤は、前の学校で教師を殴り、金八先生(武田鉄矢)がいる桜中学に転校してくる。初日、クラスのリーダー的存在の松浦悟(沖田浩之)に足を引っかけられて大げんかするが、金八先生に支えられて心を開き、松浦や迫田八重子(川上麻衣子)らと多感な時期を過ごす。

 卒業式の直前、加藤は松浦と共に前の中学に乗り込んで校長らを放送室に監禁し、謝罪を要求。金八先生は、警察から解放された加藤らの頬を力いっぱいたたいた後にしっかりと抱きしめ、加藤は無事に桜中学を卒業した。

 テレビドラマ評論家で、日大名誉教授のこうたきてつやさん(78)は「腐ったミカンは非常にわかりやすい比喩表現。1人の不良がいると広がっていく、でもそうじゃないんだ、人間なんだと。脚本のうまさと配役の妙、中学生でも逮捕されるものは逮捕されるのだという、現実から目を背けないリアルさもあった。そこが当時の中高生に響いたのだと思う」と話している。

社会部 波多江一郎記者

 はたえ・いちろう 2009年入社。前橋支局を経て14年から東京社会部。金八先生は第5シリーズから見ていたが、今回第2シリーズ全回を視聴。印象的な金八先生のセリフは「人の悲しみがわかってやれる人間が、人より勝っている。そういう人間は必ず優しい人間だ」。33歳。

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1627279 0 社会 2020/11/15 05:00:00 2020/11/28 12:04:30 2020/11/28 12:04:30 創業400年以上を誇る東証1部上場の松井建設の部長として働く直江さん。スーツ姿が板についている。(9月19日、東京都中央区で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/11/20201114-OYT1I50084-T.jpg?type=thumbnail

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