読売新聞オンライン

メニュー

ニュース

動画

写真

スポーツ

コラム・連載・解説

発言小町

漫画

教育・受験・就活

調査研究

紙面ビューアー

その他

サービス

読売新聞のメディア

購読のお申し込み

読売新聞オンラインについて

公式SNSアカウント

[世田谷一家殺害20年]<上>照合した指紋は5000万件、今なお増える犯人資料

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

 東京都世田谷区にある警視庁成城署の地下2階に、限られた捜査員しか知らない倉庫がある。約60センチ四方の小さな扉から身をかがめて入ると、薄暗い室内の棚に150冊以上のファイルが並べられている。

発生からまもなく20年を迎える世田谷一家殺害事件の現場。住宅2軒のうち右側が宮沢みきおさん宅で、左側は親族宅(8日、本社ヘリから)
発生からまもなく20年を迎える世田谷一家殺害事件の現場。住宅2軒のうち右側が宮沢みきおさん宅で、左側は親族宅(8日、本社ヘリから)

 2000年12月30日深夜、同区上祖師谷の住宅で会社員宮沢みきおさん(当時44歳)一家4人が殺害された事件の捜査資料だ。遺留品に関する捜査結果や、参考人の行動記録など、特捜本部の捜査員がまとめた数千冊のごく一部でしかない。

 新世紀を迎えようとしていた日本社会を震撼しんかんさせた凶悪事件から、もうすぐ20年。警視庁はこれまで延べ28万人の捜査員を投入し、犯人のものと照合した指紋は累計約5000万件、DNAも約130万件に上る。資料は地下1階の特捜本部に収まらなくなり、一部が階下の倉庫へ移された。犯人はいまだ捕まらず、資料は現在も増え続けている。

 事件が一つのきっかけとなり、10年4月に刑事訴訟法が改正され、殺人罪などの時効が撤廃された。

 特捜本部には、最初の110番の音声も残されている。

現場に指紋「いける」…初動捜査の「偏り」反省

「全員死んでる」

 〈警視庁です。事件ですか? 事故ですか?〉

 「隣の家の家族が全員死んでいるんです」

 〈家族全員、死んでいるんですね?〉

 「1人死んで、2人血まみれで……。あと1人の子どもは分からない」

 〈分からない?〉

殺害された(右から)宮沢みきおさん、礼君、にいなちゃん、泰子さん=警視庁提供
殺害された(右から)宮沢みきおさん、礼君、にいなちゃん、泰子さん=警視庁提供

 最初の110番が入ったのは、2000年12月31日午前10時56分。20世紀最後の大みそかだった。

 通報したのは、東京都世田谷区上祖師谷の会社員宮沢みきおさん(当時44歳)宅の隣に住んでいた親族の男性(同51歳)だ。

 約3分40秒の通話では、念を押すように通報内容を確認する警察官に対し、男性がうろたえながらも必死に状況を説明していた。だが、後ろでは男性の家族が泣き叫び、男性も次第に聞かれたことに答えられなくなっていった。

 「あー、もうダメだ。取り乱しちゃって、ごめんなさい。わかんない」

 家主のみきおさんは1階の階段下に血だらけで横たわり、階段上では、妻の泰子さん(同41歳)と長女にいなちゃん(同8歳)が、互いに背を向けてうずくまるように倒れていた。3人とも、首や顔などを激しく刺されていた。中2階の子供部屋のベッドでは、長男の礼君(同6歳)が首を絞められ、息絶えていた。

 「家中に血のにおいが充満し、ホシ(犯人)の異常性を強く感じた」。事件から約1週間後に現場に入った元捜査員が語る。

「ブタバナ探せ」

 殺人事件の捜査を担当する警視庁捜査1課からは、その日起きた事件に対応する「事件番」(待機組)だった殺人犯捜査第7係と、成城署で別事件を追っていた同9係などの計28人が投入された。所轄の刑事を加えた2人1組の約30班が、交友関係を調べる「かん」の捜査と、聞き込みの「」、有力情報を追う「特命」の担当に分かれた。

 犯行の時間帯は、前日の深夜だった。現場からは、凶器の柳刃包丁や血のついたトレーナー、手袋など、犯人の遺留品が約10点見つかった。

 特捜本部を色めき立たせたのが、犯人の指紋だ。両手の親指などが特徴のある渦巻き模様で、豚の鼻のように見えたことから、捜査員たちは「ブタバナ」と呼んだ。犯人も手に傷を負っており、血の付いた「血紋」が残っていた。

 「最初からホシの指紋がいくつもある事件はなかなかない。『いける』と思った」。初動捜査に加わった元捜査員が振り返る。

 「ブタバナを探せ」「指紋を1本取ってこい」。捜査幹部が発破をかけた。捜査員は聞き込みをする際、「念のため指紋を取らせてもらえませんか」と住民らに依頼し、片っ端から指紋を集めた。犯人と一致すれば、事件は解決する。

事件発生から3日後。一家4人が殺害された住宅では警視庁の現場検証が続けられた(2001年1月2日、東京都世田谷区上祖師谷で)
事件発生から3日後。一家4人が殺害された住宅では警視庁の現場検証が続けられた(2001年1月2日、東京都世田谷区上祖師谷で)

 だが、1か月たち、2か月がたっても、指紋が一致する人物は見つからない。転居者を探しに都外に飛び、都内の病院には、手に傷を負った不審者が来院していないか手配を出したが、有力な手がかりは得られなかった。特捜本部に焦りが広がっていった。

 犯行動機も分からなかった。室内からは現金約15万円が持ち去られたとみられているが、金銭目的であれば子どもまで殺害する必要はない。怨恨えんこんの可能性があるとみて交友関係を調べたが、宮沢さんや家族に殺害されるような理由は浮かんでこなかった。

ケガした男性

 後手に回った捜査もあった。事件翌日の夕方、栃木県日光市の東武日光駅で、駅員が手を負傷した男性を手当てしていた。しかし、「血を流して電車に乗るわけがない」と捜査は後回しにされ、捜査員が現地に向かったのは約10か月後。傷の手当てを受けた男性は今も特定されていない。

 特捜本部のメンバーだった元捜査員は「我々刑事が最も恐れるのは、自分が話を聞いて『犯人ではない』と判断した人間が、後で犯人と分かり逮捕されることだ」と明かし、こう続けた。「現場の捜査員が、『今回は指紋さえ取れば犯人を見落とすことはない』と考え、聞き込みや交友関係の捜査などが不十分になっていた可能性はある」

 一家4人が殺害され、未解決になっている事件の発生から20年。捜査の軌跡をたどり、犯人像を検証するとともに、犯罪捜査や社会に与えた影響を探る。

無断転載・複製を禁じます
1695552 0 社会 2020/12/12 05:00:00 2020/12/12 17:55:35 2020/12/12 17:55:35 発生から20年を迎える世田谷一家殺害事件の現場(8日午前11時41分、東京都世田谷区で、本社ヘリから)=小林武仁撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/12/20201212-OYT1I50016-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)