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「優美な羽を広げた鳥」F4引退、大空に広がった「父子物語」

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 「ファントム」の愛称で知られる航空自衛隊のF4戦闘機。今月中旬、実戦部隊から退くまでの半世紀、日本の防空の要を担った。(写真 竹田津敦史、文 園田将嗣)

山岳地帯で飛行訓練を行うF4戦闘機。140機が配備されたが、実戦部隊からは全機退役し、岐阜基地にある数機だけがテストや訓練用に残された。これらの機体も今年度内に順次、役割を終える(岐阜基地北東の訓練空域で)
山岳地帯で飛行訓練を行うF4戦闘機。140機が配備されたが、実戦部隊からは全機退役し、岐阜基地にある数機だけがテストや訓練用に残された。これらの機体も今年度内に順次、役割を終える(岐阜基地北東の訓練空域で)

 その導入初号機が、岐阜基地(岐阜県各務原(かかみがはら)市)にある。航空機の開発や運用試験を行う飛行開発実験団で、テストや訓練のため今も現役で飛ぶ。

 F4は、翼端が緩い角度で上向きになっている。だからだろう。「旋回する姿は羽を広げた鳥のよう。本当に優美なんです」と、実験団の飛行隊長を務める2佐の高橋豊和さん(46)は言った。

 F4には2人が乗り込む。主に前席の隊員が機体を操り、後席はレーダーを扱う。「うまく飛ばせるかどうかは、チームワーク次第。同僚との連携や気配りをF4で学びました。操縦だけでなく、人生の全てに役立っています」。高橋さんにとって、F4は「師」だ。

訓練の帰りに、父・義弘さんの事故のあった空域をF4戦闘機で旋回する尾崎さん。「父は最後に何を見たのかな」との思いがこみ上げた。尾崎さんは、百里基地での訓練の機会が少なく、F4での最後のフライトで、初めて事故のあった空域を訪れた(機内に設置した小型カメラで撮影)
訓練の帰りに、父・義弘さんの事故のあった空域をF4戦闘機で旋回する尾崎さん。「父は最後に何を見たのかな」との思いがこみ上げた。尾崎さんは、百里基地での訓練の機会が少なく、F4での最後のフライトで、初めて事故のあった空域を訪れた(機内に設置した小型カメラで撮影)

 1971年製の初号機には「301」の機体番号が付く。翌72年、百里基地(茨城県小美玉市)に配備された。この機体に特別な思いを持つ人がいる。空将の尾崎義典さん(55)だ。

 尾崎さんの父・義弘さんは、F4配備で百里にできた臨時飛行隊の隊長だった。73年5月、鹿島灘を訓練飛行中に起きた空中爆発事故で殉職した。尾崎さんは父を追うように空自に入り、そして、F4のパイロットとなった。

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1731884 0 社会 2020/12/26 08:53:00 2020/12/26 13:54:46 2020/12/26 13:54:46 山岳地帯で飛行訓練を行うF4戦闘機。最盛期は140機が配備されたが、実戦部隊からは全機退役し、テストや訓練用に岐阜基地にある数機だけとなった。これらの機体も年が明けると、順次、退役する(岐阜基地近郊の訓練空域で、F2戦闘機から撮影) https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/12/20201224-OYT1I50036-T.jpg?type=thumbnail

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