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阪神大震災で崩壊したビルの前、ぼう然と立ち尽くす「安田大サーカス」団長…亡き友が今も支え

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1995年1月17日の読売新聞夕刊に掲載された写真。安田さん(中央)が立ちすくんでいる
1995年1月17日の読売新聞夕刊に掲載された写真。安田さん(中央)が立ちすくんでいる

 「ここで恵介のことを待っていた」「このフルーツ店はずっとある」

 昨年12月28日昼、兵庫県西宮市のJR甲子園口駅に、お笑いトリオ「安田大サーカス」団長の安田裕己さん(46)の姿があった。記憶をたどりながら、1995年1月17日早朝のことを少しずつ思い出していた。

震災で生き埋めになった親友に声をかけ続けた現場に立つ安田さん。悩んだ末、自らの体験を語ると決めた(昨年12月28日、西宮市で)=宇那木健一撮影
震災で生き埋めになった親友に声をかけ続けた現場に立つ安田さん。悩んだ末、自らの体験を語ると決めた(昨年12月28日、西宮市で)=宇那木健一撮影

 駅前の崩壊したビルの前で、ただ、ぼう然と立ち尽くした。親友の山口恵介さん(当時20歳)が、生き埋めになっていた。当日の読売新聞夕刊の写真にその様子が写っている。

 「おーい、恵介。寝るなよ」。いてつく寒さの中、同級生と声をかけ続けた。2日前に一緒に成人式を迎えた親友。5日後、遺体となって体育館で対面した。

 お笑い芸人になる夢を捨てきれず、でも、踏ん切りがつかないまま、いたずらに日々を過ごしていた。翌年、タレント養成所に入ったのは、幼稚園からの「腐れ縁」という恵介さんの言葉が背中を押したからだ。

 冗談を言うと、よく笑い、「おまえ、芸人になれや」と突っ込んでくれた。「たとえ売れなくて苦労しようが、やりたいことやったる」。亡き友にそう誓った。

 2004年1月、若手の登竜門「ABCお笑い新人グランプリ」の特別賞を取った後、友人らとあのビルの跡地を訪れ、盾を見せて恵介さんに報告した。毎年1月には仲間で恵介さんの実家に集まることもある。

 一方、お笑い芸人として売れた後も、震災については語る気になれず、取材や講演の大半を断ってきた。

 ある日、事務所が講演依頼を受け、高校生の前に立った。親友を失ったことを思い出すと、やっぱり言葉に詰まった。「あかん、しゃべられへん」。全然違う話をして、ごまかした。

 11年3月11日の東日本大震災では、東京の公園でロケ中、大きな揺れを経験した。つらい記憶がよみがえり、ニュースから目を背けた。そんな話を先輩芸人にすると、「今やから、自分の経験を伝えるんが、大事ちゃう」と言われ、ハッとした。

 20歳で経験した阪神大震災は、人間の弱く、汚い部分がたくさん見えた。「近所の女の子が車に引きずり込まれそうになった」「水を入れるタンクを法外な値段で売りつけられた」――。

 被災者が知っておくべきだと思ったことをひたすらブログに書いた。災禍を安全に生き抜く教訓は、東北の人から「役に立ちました」と感謝された。この経験をきっかけに、阪神大震災を語っていくと決めた。

 今年も正月から漫才番組などに出演し、世の中に笑いを届けた。「我慢強すぎる芸人」として24時間自転車で生活したり、人気ドラマ「半沢直樹」の「大和田常務」の物まねをしたりして、芸能界で息長く活躍を続ける。

 脳裏にあるのは、震災の5日後に対面した、眠っているような恵介さんの顔。「死んだらずっと寝ないとあかんのやったら、今は起きてやれることをやらな」。親友が、今も支えとなっている。

 コロナ禍と災害は共通するところがあると感じる。

 「『非常事態やから、みんなで頑張らなあかん』と無理をしたら、すぐに限界がくる」と経験上、知っている。だから、「他人を助けられるのは、自分に余裕があるときだけ。『頑張りすぎたらあかん』」と呼びかけることにしている。

 実は「笑いで人を幸せにする」とは考えていない。人が笑ってくれたら、自分が幸せになる。そして初めて、苦しいときにほかの誰かを思いやる力が湧く。そう信じ、芸を磨き続ける。

 震災当時、記者は1歳。家は大阪北部にあり、揺れたと聞いたが、もちろん、記憶はない。今回の取材では、底抜けに明るいイメージだった安田さんが時折曇らせる表情に、「時間がたっても癒えない心の傷」を見た気がした。記事を通し、震災を伝えていきたい。(中西千尋 27歳)

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