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「知らない」一点張りの旧陸軍関係者、高校生に重い口開いた…「登戸研究所」の調査過程を展示

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 謎に包まれていた旧陸軍登戸研究所の実態がどう解明され、資料館設立に至ったのかを紹介する企画展「極秘機関『陸軍登戸研究所』はこうして明らかになった!」が、川崎市多摩区の明治大平和教育登戸研究所資料館で開かれている。調査にあたった高校生や市民らの地道な活動などが紹介されている。(鈴木英二)

展示内容について語り合う渡辺さん(左)と塚本さん(登戸研究所資料館で)
展示内容について語り合う渡辺さん(左)と塚本さん(登戸研究所資料館で)

 旧陸軍は1937年に川崎市に実験施設を設置。39年からは登戸研究所として生物化学兵器や風船爆弾、偽札製造などの研究開発を行った。45年には空襲回避のため長野県や福井県、兵庫県に分散移転した。

 しかし敗戦になると、研究所に関する資料やデータはことごとく焼却、隠滅された。関係者も口を固く閉ざしていたため、こうした研究内容は長年にわたって闇に包まれていた。

 展示では、元所員らが82年に親睦団体「登研会」を結成した頃から、2010年の資料館開館までの歩みを紹介。登研会が設置した石碑の拓本や聞き取り調査の参考となった登研会名簿、元所員の手記、保存運動の経緯などの資料やパネル約40点が展示されている。

 注目される一つが、80年代後半、研究所の解明に大きな役割を果たした川崎市の私立法政二高と長野県駒ヶ根市の県立赤穂高校の生徒だ。法政の生徒は市民団体「中原平和教育学級」のメンバーらと研究所の名簿を頼りにアンケートや聞き取り調査を始め、研究現場の状況を明らかにしている。赤穂の生徒も疎開先の長野県内に残った関係者を訪ね歩き、毒物実験を行ったことなどを聞き取ったという。

 当時、法政二高教諭で生徒らと調査にあたった同資料館展示専門委員の渡辺賢二さん(77)は「何を聞いても『知らない』の一言だった関係者たちが、高校生には重い口を開き、資料を提供する人までいた。未来の若者には自分たちと同じ過ちをしてほしくないとの思いがあったのだろう」と推し量る。

 また、登研会が封印していた秘密を語り始め、研究所跡地に記念碑の設置に向けて動いたことも解説。歴史の掘り起こし運動の輪が広がり、市民グループ「登戸研究所保存の会」が発足し、明治大学内でも保存運動や学術的研究が始まったことが、資料館の開館につながっていったという。

 担当の特別嘱託学芸員塚本百合子さん(40)は「高校生や市民だけでなく、登研会の人たち自身も昭和から平成に変わった頃から後世に伝えていかなければという思いに変わっていった点に注目してほしい」と話している。

 7月3日まで、入館無料。コロナ禍の影響で当面はオンライン(https://www.meiji.ac.jp/noborito/event/index.html)展示のみ。問い合わせは同館(044・934・7993)へ。休館は日~火曜。

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使い方
1842600 0 社会 2021/02/15 08:50:00 2021/02/15 11:57:28 2021/02/15 11:57:28 展示作品について語り合う渡辺さん(左)と塚本さん(川崎市多摩区の登戸研究所資料館で)=鈴木英二撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/02/20210214-OYT1I50025-T.jpg?type=thumbnail

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