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元は学習動画
<ディープステート(闇の政府)の巣窟>
<最高裁、腐敗が確定>
そんな過激なタイトルの動画を、連日配信するユーチューブのチャンネルがある。クリックすると、男性が熱っぽく語り始める。

昨秋の米大統領選で「大規模な不正があった」「闇の政府が関与」などと、あたかも真実であるかのように力説するが、根拠に乏しく、米国の裁判所でも認められていない内容だ。
ホワイトボードを背に授業を進めるように話す男性。実は、子どもに英語を教える塾講師が本業だという。
「最初は、英文法を解説するチャンネルだった」。男性が読売新聞の取材に対し、経緯を明かした。
当時は再生回数が数十回と低迷していた。男性は昨年、試しに大統領選を取り上げてみた。「不正があった」とするトランプ大統領(当時)側の主張を紹介すると、再生回数が100倍以上に急上昇した。
「このネタをやれば数字が伸びる」。男性は、情報サイトで知った話を基に発信を続け、10万回以上再生されることもあった。視聴者の多くは中高年だった。
男性自身も不正を信じるようになり、最近は「ミャンマーのアウン・サン・スー・チー氏は闇の政府の一員」といった荒唐無稽な話にも言及している。
配信側は、再生回数などに応じて広告収入を受け取れる。男性は「毎月、新卒社員の初任給ほどは入る」と話した。
情報源は「検索」
新型コロナや有名人の死などを巡っても昨年以降、陰謀論を流布するユーチューブ動画があふれている。背景には、男性の動画のような畑違いの内容からの「くら替え」がある。
読売新聞が調べたところ、「健康法」「筋トレ」「ゲーム実況」などから内容が変わったチャンネルが30以上あった。分析ツールの計測で推計収入が月100万円に達するものもあった。
<コロナワクチンにはマイクロチップが入っている><人類を管理し、人口削減するのが狙いだ>
こうした陰謀論を配信するのは、ミュージシャンの男性だ。以前は「街巡り」だったが、「コロナでライブができず、音楽で稼げないから始めた」と話す。200人程度だった登録者は、5万人を超えた。
取材に対し「私の考えを話している」と強調するが、情報を得る主な手段は「ネット検索」と答えた。
「おすすめ」のワナ
<隠された真実がわかりました><勇気ある発信に感謝します>
多くの陰謀論の動画のコメント欄は、その内容に強く賛同する視聴者の言葉で埋め尽くされている。支持を集める要因とみられるのが、「おすすめ動画」の仕組みだ。
ユーチューブには視聴者の再生履歴などに応じ、その人が関心を持つと推測される動画が自動的に表示される機能がある。世界のユーチューブの全視聴時間の7割以上は、この機能によるものだとされる。
一見、便利な仕組みだが、動画をよく見ていると、似た内容が画面に並び、いつの間にか自分好みの情報ばかりに囲まれる――。泡に包まれた状態に例えられる「フィルターバブル」に陥りやすいというわけだ。
桜美林大の平和博教授(メディア論)は「動画は文章と比べ、感情に影響しやすく、共感が強まりやすいと言われる。同じような動画を繰り返し見ることで過激化したり、陰謀論にのめり込んだりする危険性もある。こうした落とし穴を理解してから利用するべきだ」と指摘する。
東京の別の塾経営者も、大統領選を巡る根拠のない情報を配信していたが、1月末にやめた。
元々は、日本史や世界史の学習動画のチャンネル。即席の「評論家」に転じた理由を「ネットで話題になっており、金を稼げると思った」と明かす。
知らない人からツイッターで送られてきた怪情報を話しただけで、真偽の確認はしなかった。「話半分で聞いてもらうつもりだった。本気で信じた人のコメントが増え、違和感を覚えた」
配信内容は学習動画に戻した。最高9万回まで伸びた再生回数は今、数百回にとどまっている。