性被害は「魂の殺人」、認識までに平均6~7年…記憶なくせず突然PTSD発症も[心の傷]<中>
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中学校時代の教員からわいせつな行為を受け、その後、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状に悩まされてきた関東地方の20歳代の女性は、今年から児童虐待などに対応する仕事に就いた。
「子供の頃に受けた性被害で自分は大いに苦しんだ。同じように悩み、『心の傷』を持つ子供たちの手助けをしてあげたい」。女性はこう語り、現在は仕事にまい進する。
行為から数年がたった2018年頃、女性はわいせつ行為を受けたことを頻繁に思い出すようになった。涙が止まらなくなり、過呼吸の症状に見舞われた。精神科を受診し、「うつ病と複雑性PTSD」との診断を受けた。それまでもやもやしていたが、治療やカウンセリングを受け、「私は性暴力の被害者だったんだとようやく自覚した」と振り返る。
ある日、教室で過呼吸
自然が豊かな西日本の町で女性は生まれ育った。中学時代は成績も良く、3年時担任の40歳代の男性教員からの信頼は厚かった。
ある時、教員から携帯電話の番号とメールアドレスの交換を持ちかけられ、戸惑いながらも応じた。その後、ハートの絵文字付きのメールを受け取ることもあったが、妻子ある年齢の離れた教員のため、軽い冗談だと受け止めていた。
学級委員を務め、放課後には卒業イベントの準備作業をすることが増え、教員が車で自宅まで送ってくれることもあった。卒業間近の放課後、教員の車に乗せてもらったところ、見知らぬ場所で車が止まり、性的な暴行を受けた。
高校進学後も関係は続いた。断ることができなかったのは、幼い頃から「先生には従うもの」と教えられていたからだ。わいせつな行為の写真を撮られ、会わなくなったらそれが悪用されるのではないかという不安もあり、教員をする親の評判を落としてしまうのではないかと苦しんだという。
高校3年のある日、教室で過呼吸を起こして保健室に運ばれ、そこで初めて、女性教員にこれまでの経緯を打ち明けた。その後、教育委員会は教員を懲戒免職処分とした。読売新聞の取材に教委は事実を認めつつも、担当者は「二次被害防止の観点から詳細は答えられない」とする。
女性は「教員には自分がしたことの罪深さを知ってほしい。そして、狂ってしまった私の人生を返してほしい」との思いを抱える。
記憶に蓋をする「回避」の傾向
性暴力被害者らでつくる一般社団法人「スプリング」(東京)などは昨年、被害者にアンケート調査を実施した。5899人から回答を得たところ、わいせつ行為を受け、それを性被害だったと認識できるまでには平均で6~7年かかることがわかった。
父親から性暴力被害を受けた経験を持つ山本潤代表は「顔見知りからの性被害の場合は、被害だと認識するまでに長い時間がかかる。心身の負担も大きく、事実として受け止めるには相当のエネルギーと時間が必要だということを知ってもらいたい」と語る。
精神科医として性暴力の被害者を200人以上診療し、内閣府の「女性に対する暴力に関する専門調査会」で会長を務める小西聖子・武蔵野大教授によると、思春期の性暴力では、被害に遭ったことを思い出さないように、記憶に蓋をする「回避」の傾向が強いという。
本当に記憶をなくすことはできないため、いずれ無理が生じてフラッシュバックが起こり、PTSDの発症につながることもある。
小西教授は「地方には性被害の臨床にたけた専門医の数はまだ少ない。幼少期に被害に気づき、適切なカウンセリングや治療を受けることも難しい。性被害は『魂の殺人』でもあり、国はその対策に本腰を入れてほしい」と指摘する。