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特攻隊員の遺志受け、不時着の海に散骨…恩人の島民と交流「第二の人生の出発点」

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江名さんが不時着した海域で散骨する小林さん(左)ら(11日午前、鹿児島県三島村・黒島沖で)=井芹大貴撮影
江名さんが不時着した海域で散骨する小林さん(左)ら(11日午前、鹿児島県三島村・黒島沖で)=井芹大貴撮影

 太平洋戦争末期、沖縄に向かう途中で乗っていた特攻機が鹿児島県三島村・黒島沖に不時着し、島民によって命を救われた江名武彦さん(川崎市、2019年に96歳で死去)の遺骨が11日、江名さんの遺志をくんだ島民らによって同島の沖に散骨された。

フェリーで黒島に上陸した江名さん(中央)を港で歓迎する島民たち=日高重行さん提供
フェリーで黒島に上陸した江名さん(中央)を港で歓迎する島民たち=日高重行さん提供

 「あしたよなあ」

 午前7時半頃、同島の赤鼻沖で船から散骨をしながら、島民らが語りかけた。昔から同島だけで使われる「また明日会いましょう」という意味の言葉で、島を去る人に対し、再会への願いを込めて贈られてきたという。

特攻隊員時代の江名さん
特攻隊員時代の江名さん

 江名さんは1945年5月11日、海軍の神風特別攻撃隊「第三正気隊」の一員として同県鹿屋市から出撃。エンジンの故障で黒島の赤鼻沖に不時着後、機体から脱出して島へ上陸した。

 この年、島には江名さんの機を含めて、4機の特攻機が不時着。6人の特攻隊員を島民たちは助け、深刻な食料不足にもかかわらず、手厚くもてなした。

 江名さんは「黒島は第二の人生の出発点だ」と語り、戦後も島民と交流を続けた。2004年には島の高台に観音像を建立。その年から観音像前で慰霊祭が始まり、江名さんも毎年のように足を運んだが、高齢のため島を訪れたのは16年が最後となった。19年12月13日、老衰で息を引き取った。

 江名さんは「死んだら黒島沖に散骨してほしい」と望んでいた。夫が特攻隊員と島民との交流をテーマにドキュメンタリーを制作し、江名さんと交流があった小林ちえみさん(59)(東京都)が奔走。小林さんの呼びかけに村が協力し、所有する船を散骨のために手配してくれた。

 生前、「死ぬまで戦争は終わらない」と語っていた江名さん。散骨を終えた小林さんは「ようやくこの時が来ましたよ、江名さん。黒島はあなたのことをずっと忘れません」と穏やかな海に向かって語りかけた。

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2047643 0 社会 2021/05/13 01:08:00 2021/05/13 01:08:00 2021/05/13 01:08:00 フェリーで黒島に上陸した江名さん(中央)を港で歓迎する島民たち=2005年撮影、日高重行さん提供 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/05/20210512-OYT1I50058-T.jpg?type=thumbnail

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