庶民を震撼させた流行病…幕末時の「コレラ禍」、現在のコロナ禍と似た状況

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 埼玉県越谷市郷土研究会顧問の加藤幸一さん(71)が約15年間かけて調査研究した同市内の石仏・石塔群の中に、現在のコロナ禍を巡る状況と似た幕末時の「コレラ禍」における民衆の様子を記した石塔があることを確認した。

手書きで写した石塔の正面図を示す加藤さん。手元には山のような図版が積まれる
手書きで写した石塔の正面図を示す加藤さん。手元には山のような図版が積まれる

 市内大泊地区にある安国寺の境内に安政6年(1859年)造立された、加藤さん命名の「安政コレラの名号塔」がそれ。高さ約2メートルの石塔の正面には大きく「南無阿弥陀仏」とあり、裏面には当時の庶民を 震撼しんかん させた流行病について詳細に記されている。

 学術的に定説となっているように、安政5年に長崎に入港した外国船からコレラの感染拡大が始まり、江戸でも多くの人の命を奪った。同研究会の大谷達人さんと解読した碑文には、この「いとあやしき やまい 」に対し、「とても大変な病気で治療法もないまま多くの人が亡くなった。ここで私たちは昼夜もなく念仏を唱えて禍から逃れることができたので碑を建てた(要約)」などと記されている。

 中学校の社会科教師だった加藤さんは、現役時代に地元図書館長から「郷土の歴史を知るには石仏・石塔を調べるのがよい」と勧められて調査を開始。これまでに市内の1100基以上をスケッチし、銘文や時代背景を付してまとめてきた。先月末、市内の寺で専門家が確認した修行僧・ 木食観正もくじきかんしょう の碑も、加藤さんの2003年当時の史料に載っている。

 現在のコロナ禍について加藤さんは、「幕末時はコレラに関する知識もワクチンも薬もなく、人々は念仏を唱えるなど信心に頼るしかなかった。現在のコロナ禍は、ワクチンはあるが特効薬はまだない。緊急事態宣言下での人々の行動はどうなのでしょうか」と、複雑な表情だ。

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2303198 0 社会 2021/08/21 21:13:00 2021/08/21 21:13:00 2021/08/21 21:13:00 手書きで写した石塔正面図と加藤さん。手元には山のような図版 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/08/20210817-OYT1I50040-T.jpg?type=thumbnail

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