「神の手」にだまされた研究者、「お前はグルかバカか」迫られた問い…2000年11月「あれから」<20>

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偽りの出土「都合よかった」…「日本原人」の痕跡 探して今も掘る

 「後から埋めた?」「そんなことできるか?」

カメルーン代表が村に来たのは、職員の「不純な」発案がきっかけ…日韓W杯から20年

 忘れもしない、2000年11月5日の未明のこと。北海道新十津川町の〈旧石器時代遺跡〉の発掘責任者だった長崎潤一さん(61)=当時39歳=は、関係者からの一報を受けて、電話口でぼう然と繰り返した。

総進不動坂で、最初に見つかった石器を笑顔で手にする長崎さん(1998年7月)=本人提供
総進不動坂で、最初に見つかった石器を笑顔で手にする長崎さん(1998年7月)=本人提供

 「日本原人」の存在を印象づける歴史的な大発見として発表した数々の石器は、「神の手」を持つとされた1人のアマチュア研究家が埋めたニセ物だった。遺跡が、ねつ造されていた。

 日本の考古学界を根底から揺るがしたあの〈事件〉から20年余り。なぜ、自分はだまされたのか。本当に、見抜くチャンスはなかったのか。渦中にいた本人である長崎さんは考え続け、後進の人々に伝え続けている。

ただの丘で 共同調査初日 「出たぞーっ」

 「出たぞーっ!」

 後から考えればおかしな点だらけなのであるが、あの時は、「すごいことだ」と札幌国際大学の助教授だった長崎潤一さん(61)は高揚感でいっぱいだった。

 1998年7月3日。北海道ではまだ見つかっていなかった「旧石器時代の前期・中期」の遺跡を探そうと、民間団体「東北旧石器文化研究所」(2004年解散)に所属していた藤村新一氏を招いた初日のことだ。

 その日、長崎さんは藤村氏を空港に迎えに行ったその足で、学生らと道内の複数の地点を案内した。夕方、新十津川町総進にある「不動坂」近くの崖を皆で削っていると、少し離れた所で藤村氏が声を上げた。見ると、旧石器時代の中期にあたる4万年以上前の地層から石器が出ていた。

 「ええーっ、僕がいくら探しても出なかったのに」

 帰路の車のハンドルを握る長崎さんの手は震えていた。北海道に赴任して5年。30歳代だった長崎さんは週末のたびに古そうな地層を探したが、一向に成果は出ない。そこで、すでに本州で多くの石器を掘り出して「神の手」と呼ばれ、尊敬していた藤村氏に協力を依頼したのだった。

 長崎さんが責任者となって本格的な発掘が始まり、2000年までに40点以上の石器が見つかった。中には旧石器時代の前期にあたる「20万年以上前のもの」も出土。何の変哲もなかった丘は、〈総進不動坂遺跡〉となり、考古学上の大発見となった。

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