帰宅すると殺されていた妻と娘2人、今もその家に住む男性の思い…2015年9月[あれから]<23>

スクラップは会員限定です

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

 7年前の9月16日。この日を境に、加藤裕希さん(49)の心は止まった。

カメルーン代表が村に来たのは、職員の「不純な」発案がきっかけ…日韓W杯から20年
家族で埼玉県の東武動物公園を訪れ笑顔を見せる(左から)加藤美和子さん、春花さん、美咲さん、裕希さん(2015年1月)=加藤裕希さん提供
家族で埼玉県の東武動物公園を訪れ笑顔を見せる(左から)加藤美和子さん、春花さん、美咲さん、裕希さん(2015年1月)=加藤裕希さん提供

 この日、仕事を終えて家に帰ろうとしたら、自宅の周囲一帯に警察の「立ち入り禁止」のテープが張られていた。

 2階の長女の部屋に明かりがついているのが、遠くから見えた。「どうしたんだろう、普段なら夕食前のこの時間は1階にいるのに」。妻に何度も電話したが、つながらない。まさか家の中で家族全員が殺されていたとは、加藤さんは「1ミリも想像していなかった」。

 だが、警察署で妻の美和子さん(41)と、長女の美咲さん(10)、次女の春花さん(7)が心肺停止と告げられ、後に亡くなったと知る。何が起きたかのみ込めないまま、ただ漠然と、「今日から一人になるのか」という思いが頭に浮かんだ。

帰らぬ3人待ち 家守る

今も事件当時の自宅で暮らす加藤さん。リビングには美咲さんと春花さんが描いた絵が飾られている(2月12日、埼玉県熊谷市で)=岩佐譲撮影
今も事件当時の自宅で暮らす加藤さん。リビングには美咲さんと春花さんが描いた絵が飾られている(2月12日、埼玉県熊谷市で)=岩佐譲撮影
事件後の加藤さんの自宅(2015年9月17日、埼玉県熊谷市で)
事件後の加藤さんの自宅(2015年9月17日、埼玉県熊谷市で)

 「死なないように、生きてきた」。加藤裕希さん(49)はそういう言葉で、この7年を表現した。

 埼玉県熊谷市で、妻と娘2人とともに家族4人で暮らしていた。2階建ての自宅を建てたのは次女が小学校に上がる頃。それから1年半後、2015年9月に事件は起きた。

 のちの裁判で認定された事実によると、ペルー国籍のナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン受刑者(36)は、同年9月13日、市内の民家に立ち入っていたところを見つかり、事情聴取のために地元の警察署に連れて行かれた。しかし、喫煙のために外に出た隙に逃走。9月14日から16日にかけて民家3軒に侵入し、男女6人を殺害して現金などを奪った。その3軒目が、加藤さんの家だった。

 家の中でナカダ受刑者は、加藤さんの妻の美和子さん(当時41歳)、長女・美咲さん(同10歳)、次女・春花さん(同7歳)を刃物で殺害した。そして、自分の腕を切りつけた後に2階から転落し、警察に確保された。

 仕事から一人戻った加藤さんは警察で長時間、説明を受けたが、ほとんど覚えていない。

 ただ、司法解剖を終えた妻と娘たちの遺体に対面し、まるで眠っているように目を閉じる3人を見て、「本当に死んでしまった」と認識した。その場で泣き崩れた。

1

2

3

スクラップは会員限定です

使い方
「社会」の最新記事一覧
2909406 0 社会 2022/04/10 05:00:00 2022/04/21 10:56:17 2022/04/21 10:56:17 https://www.yomiuri.co.jp/media/2022/04/20220409-OYT1I50123-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込みキャンペーン

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)