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ロシアによるウクライナ侵攻で、民間人が虐殺されるなど悲惨な実態が伝えられる中、日本でもこんな言説がSNSで拡散されている。「被害はウクライナの自作自演」。根拠のない主張だが、一部の人が強く引き寄せられている状況がうかがえる。いったいなぜなのか。発信者の投稿を過去に遡って調べると、共通点が浮かぶ。
リツイート3000回

<ウクライナはネオナチに支配されている>
<プーチン大統領はウクライナを救う光の戦士>
日本語のツイッターで、ロシアを称賛する投稿が広がり始めたのは3月初旬。数万人のフォロワー(登録者)がいる人物らを中心に連日拡散された。
ロシア軍による残虐行為が報じられた4月以降も、「虐殺は
こうした現実離れした主張を繰り返す発信者は、過去には全く別の陰謀論を盛んに投稿していた。
直近は新型コロナワクチンについて「殺人ワクチンだ」「世界の資本家が人口削減を狙っている」などと不安をあおる内容が多い。
それ以前は、2020年の米大統領選で「不正があった」と訴えていた人も少なくない。「ディープステート(闇の政府)と戦っている」として、トランプ前大統領を信奉する「Qアノン」と呼ばれる集団に共感する投稿もあった。
欧米でも同様の現象は見られる。発信内容は、ロシア側のプロパガンダと重なる部分もあるが、日本でも海外でも「侵攻はディープステートへの攻撃」などと主張する違いがある。
「隠された真実」
米大統領選→ワクチン→ウクライナ……。無関係に見える陰謀論に次々と傾倒していく傾向は、データからも読み取れる。
SNS分析が専門の東京大の鳥海不二夫教授(計算社会科学)の調査では、3月5日までに「ウクライナ政府はネオナチだ」という投稿を拡散していたのは約1万アカウント。このうち約88%がワクチンに否定的な内容を、約47%がQアノンに関連する主張を過去に拡散させていた。
それぞれの内容に共感し、SNSで発信する中部地方の女性は、教育関連の仕事をしているという。
読売新聞の取材に対し「コロナを機にネットで真実を探すようになり、世の中の矛盾が見えてきた。日本のメディアの報道や公式発表にはない『隠された真実』があると思っている」と答えた。
発信の理由は「数百人が『いいね』を付けてくれる。みんな情報を待ち望んでいる」と話した。
優越感 抜け出せず
不可解に見える現象を理解するカギとして、立正大の西田公昭教授(社会心理学)は「認知のゆがみの定着」を挙げる。
西田教授によると、不安や不満を抱えた人にとって、陰謀論にはある種の心理的な「効用」があるという。「私たちだけが真実を知っている」という優越感を得られ、仲間内で発信すれば承認欲求を満たすこともできるためだ。
西田教授は「一度、満足感を得ると、何でも『公式情報はウソ。実は黒幕がいる』という見方が定着する。さらに効用を求める中で、別の陰謀論にひかれていくというサイクルになるのではないか」と言う。
SNSは似た価値観の投稿ばかりが表示され、認知のゆがみを強化する。
コロナ禍で家族が陰謀論に傾倒し、夫婦や親子関係に亀裂が入るなど深刻な問題も起きている。
東京女子大の橋元良明教授(情報社会心理学)は「いったん陰謀論的な枠組みで物事を理解すると、沼にはまり込んだように抜け出すのが難しくなる。何を信じるかは自由だが、心理のワナを理解し、刺激的な情報に反射的に飛びつくのではなく、異なる意見にも触れるよう心がける必要がある」と指摘する。