火を噴いて墜落したB29、現場周辺に今も残る金属片の残骸…当時目撃した男性ら慰霊祭に参列

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 1945年5月に大分県内の山中に墜落した米軍大型爆撃機B29の搭乗員の遺骨を一時安置していた臼杵市の寺で今月、慰霊祭が営まれた。77年前に墜落を目撃した男性が参列したほか、米国の遺族からも追悼への感謝のメッセージが寄せられ、出席者らは静かに犠牲者の 冥福めいふく を祈った。(佐藤陽)

B29が墜落した様子を語る新名さん
B29が墜落した様子を語る新名さん

 「今日みたいに晴れた日に、上空でB29の片翼がもげると同時に火を噴いて墜落していったことは一生覚えとる」。臼杵市の 見星けんしょう 禅寺で7日、同市の新名正一さん(87)はこう振り返った。

 45年5月7日午前、南津留村(現・臼杵市)の山間部の集落に住んでいた新名さんは、上空を飛ぶB29の編隊に気付いた。当時10歳。近所の子どもたちと見上げていると、1機の片翼がちぎれ落ち、火を噴きながら墜落した。周囲には日本軍の戦闘機「紫電改」が2機飛んでおり、落下傘で降下する米兵を攻撃していたという。

 「村人に被害が出ないように攻撃していたのだろう。当時は『鬼畜米英』と教えられており、敵機が ちるのをとび回って喜んだのを忘れられん」と語気を強めた。

 村議だった新名さんの父親は日本刀を携えて、地元の猟師とともに米兵の捜索を行った。子どもたちも後を追うと、日本の戦闘機1機より大きい片翼が目に入った。村では当時、羽釜など生活に必要な金属類も供出させられており、幼心にも「これは日本が勝つわけねえ」と衝撃を受けた。

 胴体付近に近づくことは大人たちから止められ、後に父親から「猟師たちが 瀕死ひんし の仲間に水を飲ませている米兵を見つけると、米兵はピストルを出したが、猟師が猟銃を向けたところピストルを置いて降伏した」と聞かされた。

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