不発弾「1日1件以上」…1900トン未発見 死傷者も

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 太平洋戦争末期に米軍の猛攻にさらされた沖縄県では、本土復帰から50年となる今も1日1件以上のペースで不発弾が見つかっている。過去には工事現場で爆発し、死傷者が出る事故も発生した。未発見の不発弾は約1900トンあると推計され、回収作業が続いている。

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土のうや金属プレートでつくった壕内で不発弾の信管を破壊する準備を進める自衛隊員(4月、那覇市で)
土のうや金属プレートでつくった壕内で不発弾の信管を破壊する準備を進める自衛隊員(4月、那覇市で)

 4月29日午前、那覇空港に近い那覇市小禄の住宅街に「バーン」という破裂音が響いた。陸上自衛隊によると、住宅工事現場で米国製5インチ艦砲弾が見つかり、危険な状態だったため、直径2メートル、高さ6メートルの処理 ごう を作り、内部で信管の破壊処理を行った。

 この間、約120世帯360人が避難。近くの金城勝子さん(83)は「まだまだあるんだねえ。沖縄戦を思い出す」と顔をしかめた。

 県によると、沖縄戦で使われた砲弾は米軍だけで約20万トンに上り、大量の不発弾も出た。復帰前に米軍などが約5500トンを処理し、復帰後は自衛隊が昨年度までに約2100トンを回収したが、今なお約1900トンは未発見のままとされる。

 不発弾の処理にあたる陸自第101不発弾処理隊によると、近年の緊急出動件数は年間400~600件に上り、今年度もすでに38件(13日時点)に対応した。

 不発弾の多くは、土木建築の工事現場で見つかる。2009年1月には糸満市発注の工事現場で、地中の不発弾にショベルの先端があたって爆発し、2人が重軽傷を負った。この事故を受け、県は同年4月、公共工事で事前に探知機による調査を義務づけた。12年度からは民間工事でも探査費を原則100%補助している。

「負の遺産知ってほしい」

爆発事故の記憶をたどる足立さん(12日、沖縄県八重瀬町で)
爆発事故の記憶をたどる足立さん(12日、沖縄県八重瀬町で)

 沖縄県では、復帰後の50年間で少なくとも14件の不発弾爆発事故が起きた。

 最も犠牲者が多かったのが、復帰2年後の1974年3月2日に那覇市小禄の幼稚園近くで起きた事故だ。下水道工事中に爆発し、3歳の女児を含む4人が死亡、34人が重軽傷を負った。当時5歳の園児だった同市の教員、足立克枝さん(53)=写真=は12日、読売新聞の取材に不発弾の恐ろしさを証言した。

 その日はお遊戯会で、母親と幼い弟と妹も参観に来ていた。ひなまつりの童謡を歌っていた時に突然、爆風で窓ガラスが割れて転倒。パニック状態の中、懸命に母を捜した。その後の記憶は途切れ、自宅で震えていたことしか覚えていない。園庭で遊んでいて、犠牲になった女児は仲のよい友達の妹だった。小学校入学後も妹の名前を呼んで悲しむ友達を慰めたことを覚えている。今もひなまつりの時期になると、つらい記憶がよみがえる。

 その後も不発弾の存在に脅かされた。実家の建て替え時には敷地から不発弾が見つかり、「危険なところで長年生活していた」と恐怖を覚えた。教員の道を選んだのは、自身の体験から平和の大切さを伝えたいと考えたからだ。

 しかし、地中探査を強化するきっかけとなった09年1月の糸満市の事故では、重機を操作していた中学校の教え子が重傷を負い、失明した。

 足立さんは、毎日のように不発弾が発見される現状に「沖縄が戦争の負の遺産に苦しんでいることを本土の人に知ってもらいたい」と訴える。

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