目の前の海で旧ロシア艦隊を撃破、記念碑が多数建てられた島…脱出ロシア兵を島民が手当て

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 長崎県対馬市には、日露戦争(1904~05年)に関する記念碑が設置された神社が各地にある。27日には、対馬沖に眠る日露両国の戦没者を悼む慰霊祭も営まれる。戦争の歴史を知り、平和の尊さについて改めて考える機会になりそうだ。(島居義人)

「日露戦役紀念碑」と刻まれた自然石(対馬市峰町)
「日露戦役紀念碑」と刻まれた自然石(対馬市峰町)

 1905年5月27、28日、日露戦争の勝敗を決定付けたといわれる日本海海戦は、対馬沖で繰り広げられた。同海戦で旧日本海軍の連合艦隊は、当時、世界最強とされた旧ロシアのバルチック艦隊を撃破した。

「日露戦役紀念」と刻まれた灯籠(対馬市豊玉町)
「日露戦役紀念」と刻まれた灯籠(対馬市豊玉町)

 日露戦争に関する記念碑は、集落内や海沿いにある神社の本殿前や鳥居横などに建てられている。どっしりとした自然石や灯籠に、「日露戦役紀念碑」「日露 凱旋がいせん 紀念」「日露 戦捷せんしょう 紀念碑」の文字や、従軍者の氏名などが刻まれている。

 設置の経緯について、対馬の防衛史に詳しい郷土史研究家、小松津代志さん(74)(対馬市厳原町)は、「生きて無事に帰ることができたお礼と、戦争の記憶や記録を後世に伝えるためではないか」とみる。その上で、「外交や領土問題、平和教育、人権問題などを学んでこそ、碑が建てられた意味があると思う」と話す。

 記念碑のある神社近くに住む男性(60歳代)は、「碑には、『地域の発展や平和が末永く続くように』との思いも込められていると思う。ずっと見守ってほしい」と願う。

     ◇

 同市上対馬町西泊地区には、戦闘後に沈没したバルチック艦隊からボートで脱出したロシア兵が160人以上たどり着き、地元の人たちが傷の手当てや食料、宿の提供などをしたといわれている。

 日本海海戦から117年となる27日、市民団体「対馬歴史顕彰委員会」(武末裕雄委員長)は、対馬沖に眠る日露両国の戦没者約5000人の追悼慰霊祭を同地区の殿崎で営む予定だ。

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