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2012年の九州北部豪雨で被災し、休館していた熊本県阿蘇市の観光ホテル「阿蘇白雲山荘」が7月1日、10年ぶりに営業を再開する。16年には熊本地震にも見舞われたが、今回は建物を新築し、わずかだが当時を知る従業員も呼び寄せて再スタートする。「復活を遂げたホテルとして、阿蘇の魅力を存分に伝えたい」と従業員らは意気込んでいる。(帆足英夫)

黒と茶を基調にした真新しいホテルの背後には、阿蘇の山並みが連なっている。3階建てで宿泊定員は168人。499人だった10年前の3分の1ほどだが、17日にあった開業記念式典では田畑勇社長(86)が言葉をかみしめた。
「10年前の、あの悲惨な状況から生まれ変わることができた。なんとも言えない感動です」

ホテルは1967年に開業した。宇津井健さんらが出演した当時の人気テレビドラマ「ザ・ガードマン」のロケ地にもなり話題に。豪雨前は修学旅行生などの団体客でいっぱいだった。
そんな活気あるホテルが豪雨に襲われた。「水が突然入ってきて、恐怖を感じた」。当時、従業員として働いていた江藤直樹さん(51)は、2012年7月12日の体験を今も鮮明に覚えている。
午前6時頃に出勤すると、すぐにホテル前の屋外駐車場に水がたまり始めた。近くを流れる黒川からあふれた濁流が建物内にも入り、「川のように水が勢いをなして、ロビーを流れていた」。水位は1メートルほどになり、水道、電気、ボイラーなどの設備が使えなくなった。
ホテルは休業を余儀なくされ、江藤さんを含む約60人の従業員のほとんどに解雇が告げられた。「必ず再オープンする。そのときは帰ってきてください」。田畑社長は従業員を集めて言った。ただ江藤さんは半ば諦めていた。「もうこれで終わりか、と思った」
ホテルは黒川の水害対策工事の推移を見守りながら、水浸しになった内部を改修して営業再開を目指していた。ところが、被災から3年9か月後の16年4月には熊本地震が発生。建物に多くのひびが入り、建て替えを決めた。
20年、国、県、阿蘇市から補助金を得て、再開が現実的になった。阿蘇市内の別のホテルに再就職していた江藤さんにも、田畑社長から電話がかかってきた。ホテル再開の見通しがついたとして、復職を依頼された。
新しいホテルの従業員は約30人。10年前も働いていた人のうち、戻って来たのは江藤さんを含めて2人だけだ。支配人の高山智一さん(53)も兵庫県の系列ホテルから1月に転勤し、九州北部豪雨の詳細は知らなかった。だが、準備をする中で、ホテルの再開を望む阿蘇の人々の思いをひしひしと感じたという。
田畑社長は「この10年間、住民の方々の『いつ再開するのか』という励ましの声や行政の支援を力強く感じていた。国内でも有数の観光地である阿蘇に、多くの方に来ていただけるようにしたい」と話した。
◆2012年の九州北部豪雨 =7月11~14日にかけ、熊本、福岡、大分の3県を中心に、各地で1時間に100ミリ前後の猛烈な雨を記録。河川の氾濫、土石流が相次ぎ、3県の死者は計30人、行方不明者は2人に上った。阿蘇市では21人が亡くなった。