イオカステの揺籃 第11回 遠田潤子 2021/04/11 05:20 会員限定 1 ファーストシューズ 五月の連休が終わった日曜の午後、妻の妊娠を知らせるため実家に出かけた。 妊娠十二週を過ぎ、初期流産の可能性は低くなった。完全に安定期というわけではないが、やはりほっとした。美沙(みさ)はつわりが… 記事へ
イオカステの揺籃 第10回 遠田潤子 2021/04/10 05:20 会員限定 ――乾杯。 母がまた乾杯を強いた。英樹は残り少ないオレンジジュースを掲げ、なんとか返事をした。 ――乾杯……。 グラスが当たって、ちいんと鳴った。母は英樹の顔をのぞき込むようにして言った。 ――これからは、うまくいくか… 記事へ
イオカステの揺籃 第9回 遠田潤子 2021/04/09 05:20 会員限定 英樹はだだをこねた。 ――降りたくない。ずっと乗ってる。 ――お母さんも本当はずっと乗ってたい。家よりずっといい。揺(ゆり)籃(かご)みたいで気持ちいいでしょ? でも、あかんの。 ――なんで? 揺籃みたいに気持ちいいん… 記事へ
イオカステの揺籃 第8回 遠田潤子 2021/04/08 05:20 会員限定 だが、玲子が文句を言うのは仏間だけではなかった。玲子は家のすべてが気に入らないようだった。自分とは違う、その我(わ)が儘(まま)さを英樹はすこし羨(うらや)ましく感じていた。 弟が死んだときのことを憶(おぼ)えていない… 記事へ
イオカステの揺籃 第7回 遠田潤子 2021/04/07 05:20 会員限定 弟が死んだのは英樹が小学校に入った年だった。 まだ二歳だった。思い出せるのは、たどたどしい足取りで庭を歩いている弟の姿だけだ。灰色のシャツと茶色のパンツをはいていた。オムツでお尻が膨(ふく)らんでいて、よちよち歩く格好… 記事へ
イオカステの揺籃 第6回 遠田潤子 2021/04/06 05:20 会員限定 数日前までは黄(こう)砂(さ)で霞(かす)んでいたが、今日は嘘(うそ)のようにクリアな空だ。 北浜は大阪市内を流れる土(と)佐(さ)堀(ぼり)川(がわ)の南側、古くから金銀米などの取引で栄えた一角だ。明治期に大阪株式取… 記事へ
イオカステの揺籃 第5回 遠田潤子 2021/04/05 05:20 会員限定 自分が高所恐怖症だということに気付いたのは、大学に入ってからだった。彼女との初デートで観覧車に乗った。ゴンドラが上りはじめて窓の外を見ると、突然身体(からだ)が震えた。冷や汗が出てきて、パニックを起こしそうになったのだ… 記事へ
イオカステの揺籃 第4回 遠田潤子 2021/04/04 05:20 会員限定 「いえ、あれは素人花壇にしたくて、僕が一人で植えたんですよ」 「え? どういうことですか?」 「土そのものが感じられる生活っていいもんやと思うんですよ。庭にもフリースペースがあっていい。花を植えてもいいし、子供が夏休み… 記事へ
イオカステの揺籃 第3回 遠田潤子 2021/04/03 05:20 会員限定 「キッチンの庭はイングリッシュガーデン風というか……」 「ハーブガーデンです。あれは施主さんのご希望です。大抵の方はリビングを向いたカウンターキッチンやアイランドキッチンを希望されるんですが、今回は窓から庭が見えるよう… 記事へ
イオカステの揺籃 第2回 遠田潤子 2021/04/02 05:20 会員限定 「かもしれませんね。居住空間と庭をどう調和させるか、っていうことに夢中になってしまうんです。でも、ただ互いをなじませるだけでなく、互いに主張し合いながら、互いを認める、というふうにしたい。よく言われるように、家と庭が呼… 記事へ
イオカステの揺籃 第1回 遠田潤子 2021/04/01 05:20 会員限定 序章 からりと晴れた四月の午後だった。 青(あお)川(かわ)英(ひで)樹(き)は大阪、北浜(きたはま)にある事務所の応接室でインタビューを受けていた。先日設計した個人住宅が、新進建築家に贈られる賞を受賞したのだ。 「青… 記事へ
遠田潤子さんの新小説登場 2021/03/26 16:00 読売新聞オンラインのオリジナル連載小説として、作家・遠田潤子さんの新作「イオカステの揺籃(ゆりかご)」が4月1日、登場します。 様々な品種のバラが庭に咲き誇る家で、新進気鋭の建築家・青川英樹は育った。バラの世話が趣味の… 記事へ