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イオカステの揺籃 第79回 遠田潤子

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 そうだ、二ヶ月前までは自分と悠乃は ()() くやっていた。なのにどうして悠乃は去って行ったのだろう。結婚が原因か? だが、そんなものは理由にならないはずだ。

 誠一は眉間に (しわ) を寄せながら、デパートを歩き回った。妻にスカーフをプレゼントするための買物だ。なのに、悠乃のことばかり考えてしまう。

 結局、またフェンディでスカーフを買った。年齢を考え、悠乃にあげた物よりは地味な色を選んだ。妻が喜んでくれるかどうかはわからなかったが、とにかく贈り物をしたという事実が大切なのだ、と自分に言い聞かせた。

 スカーフを抱えて家に戻ると、玄関は暗かった。出迎えもない。いつものことだ。誠一は明かりの () いている台所に向かった。

 恭子が作業をしていた。ステンレス製の 攪拌(かくはん) 機がゆっくりと動いている。また甘ったるいバラの匂いがしていた。いつものように顔をしかめそうになったが、なんとか我慢した。

 「お帰りなさい。夕飯は?」

 「食べてきた」

 「そう。お風呂は沸いてますから」

 それだけ言うと、恭子がステンレスの作業台の上に () を落とした。いつもなら、ここで夫婦の会話は終わる。だが、誠一はもうすこし頑張ってみることにした。

 「なにを作ってるんや?」

 すると恭子が顔を上げた。不審そうな表情だ。その顔にはこう書いてあった。

 どうしてそんなことを () くの? 私のすること、バラに関することになんの興味もないくせに。

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2122072 1 イオカステの揺籃 2021/06/18 05:20:00 2021/06/18 05:20:00

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