読売新聞オンライン

メニュー

オリンピックにふれる 第1回 吉田修一

[読者会員限定]
メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

撮影・橘薫
撮影・橘薫

 ふと思う。東京とは、一体どこにあるのだろうかと。

 もちろん47都道府県の一つで、日本の首都。地図を広げられれば、「ここが東京です」と自信を持って指は差せる。

 ただ、「やっぱり東京はいいよ」とか「考えてみれば東京に出てきて、もう○年になるんだなぁ」と口にする時の東京が、決して地図に赤い首都マークのついた場所ではないことだけは分かるのだ。とすれば、その東京はどこにあるのか。歩き回っていれば、いつか見つかるのか。それとも、そんな場所、初めからどこにもないのか。

 なるべく り革を つか まないように両脚を踏ん張っていた白瀬の目に、東京湾の夕景が飛び込んでくる。東京駅の地下ホームを発車した京葉線は、さっき長いトンネルを抜けたあと、ここ新木場駅で東京湾にぶつかった。

 夕景に目を奪われたせいでバランスを崩した白瀬は、結局吊り革にふれていた。横に立つ部下の藤井も上司のちょっとしたチャレンジに気づいていたらしく、「残念でしたぁ……」とばかりに苦笑して、「でも、今日は特別きれいですよね」と窓外を見る。

 「東京で初めて暮らしたのがこの辺だったんだよ、十八の頃」

 帰りの電車が一緒になるのは初めてではなかったが、今日に限って白瀬はそんな話を藤井にした。さっきまで頭の中で東京探しをしていたからだろう。

 「この辺って人住めるんですね。夢の島公園と倉庫しかないと思ってました」

 「正確にはもうちょっと西側。辰巳団地の方だったけど、でも自転車でよくこの辺まで来てたんだよ」

 「じゃあ、この辺が白瀬さんのスタート地点ですね、東京暮らしの」

 大げさな藤井の言葉が照れくさい。

 「地元から出てきた親父なんて、『ここ、本当に東京なのか?』って目丸めてたけどな」

 東京のゴミで埋め立てられた倉庫街。道幅は広く、信号もない。自転車で飛ばすと清々した。高村光太郎の「東京には空がない」という詩ではないが、初めて暮らした東京には空しかなかった。

無断転載・複製を禁じます
2225815 1 オリンピックにふれる 2021/07/22 05:00:00 2021/07/22 08:28:52 東京湾沿岸部に広がるマンション郡(21日午後4時27分、東京都で、本社ヘリから)=橘薫撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210721-OYT8I50115-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)