• 流人道中記 第403回

    会員限定
     「お菊さあ、お帰りなさい(おげえれんしぇ)」  村人から声をかけられて、お菊はびくりと足を止めた。  おげえれんしぇ。おげえれんしぇ。誰もがお菊の苦労をねぎらっているのに、いったい何を怖れているのだろう。  出立前に、…
    記事へ
  • 流人道中記 第402回

    会員限定
     沼宮内(ぬまくない)の宿場からさらに一里余も進んだ山間の村は、冷えびえとした山背(やませ)の雲にくるまれていた。  立ちこめる霧が鴇色(ときいろ)に染まっているのは、入陽のせいではない。まだ八月だというのに、季節をたが…
    記事へ
  • 流人道中記 第401回

    会員限定
     宿村(しゅくそん)送りの最後の一夜を、お菊はまんじりともできぬまま明かした。  それは四月(よつき)にもわたる長旅の最後の一夜でもあった。寝付けぬままに幾度も指折り数えた。有壁。山目(やまのめ)。前沢。相去(あいさり)…
    記事へ
  • 流人道中記 第400回

    会員限定
     「腹ば切ってすむなら、わげねえが――」  独りごつように代官は続けた。  「三日月の丸くなるまで南部領、などと申すあんすて、御領分にァ二十五もの代官所がありあんす。代官は月番交代にて五十人もおるゆえ、わけても古株の私(…
    記事へ
  • 流人道中記 第399回

    会員限定
     「じゃ、じゃ、松前様に永(なが)のお預けとは、難儀な話でごあんすなっす」  及川代官の声が夢に届いて、僕はぎょっと目を覚ました。寝間と居間は厚い板戸で仕切られているが、百年の上は経ていると思える屋敷は隙間だらけで、酌み…
    記事へ
  • 流人道中記 第398回

    会員限定
     「しゃらくせえ話はよしにしな」  玄蕃は白い歯を見せていくらか照れ臭そうに笑い、さっさと行ってしまいました。たぶん物のはずみで、言わでものことをしゃべったと思ったのでしょう。  でも、答えはそれで十分です。本来はおのお…
    記事へ
  • 流人道中記 第397回

    会員限定
     少し難しい話になりますが、いいですか。今の僕には、ともに考えてくれる人が必要なのです。  仁義礼智信という五常の訓(おし)えのうち、僕にはいまだに「礼」という徳目の意味がよくわかりません。  寺子屋でも学塾でも、「礼節…
    記事へ
  • 流人道中記 第396回

    会員限定
     裏路地の小体な門をくぐると茅葺きの家があり、垣根は食料になる五加(うこぎ)、庭木は秋に実を結ぶ柿と茱萸(ぐみ)があるきりで、あとは余すところなく菜園になっています。牛込の実家と似たような広さですから、何やら懐しい気分に…
    記事へ
  • 流人道中記 第395回

    会員限定
         十五  きぬさんへ。  あなたが恋しくてならず手紙を書きます。北へ向かうほどに、きぬさんが遠ざかってゆく気がするのです。そのかわり、おもかげが濃くなります。  江戸を立ってから十八夜、満月はいつしか欠けて消え、…
    記事へ
  • 流人道中記 第394回

    会員限定
     五番方の番頭(ばんがしら)というたら、まさに旗本の花だの。なにしろ葵御紋の御本陣を守護する騎馬の侍大将だ。めでたく六位相当の「布衣(ほい)」の格式も賜わる。  登城の折には馬の前に槍を二本立て、供侍から奴(やっこ)まで…
    記事へ
  • 流人道中記 第393回

    会員限定
     俺は怯懦(きょうだ)ではありたくない。どんなときでも。いかに太平の世に生きようと、武士である限り、また男である限り、卑怯者であってはならぬ。  腹を切らぬが怯懦か。  そうではあるまい。義を見て為(せ)ざるは勇なきなり…
    記事へ
  • 流人道中記 第392回

    会員限定
     のう、乙さん。あんたからすれァ雲の上の話に聞こえようが、どっこい世の中、上も下もあるもんか。  青山の家格ならば、まず御番士の箔をつけてから、御組頭、御番頭。うまくすれァ御側衆(おそばしゅう)だの御使番(おつかいばん)…
    記事へ
  • 流人道中記 第391回

    会員限定
     二十五のときに父が亡うなり、二十七で気丈な母も死んだ。冷てえようだが、ちいとも悲しくはなかったな。何やらこう、重石が取れたような気がしたものさ。  父母の口癖は、「さっさと出世せえ」であったよ。さほどかわゆい倅ではない…
    記事へ
  • 流人道中記 第390回

    会員限定
     いいかね、乙さん。そのあたりの事情は、御家人育ちのあんたにもよくわかろう。青山家は三河安祥(あんじょう)以来の生粋の御譜代で、知行三千二百五十石の「高(たか)の人」だ。それに引きかえ、大出家は役付きの家系とは言え、権現…
    記事へ
  • 流人道中記 第389回

    会員限定
     訴人の名は大出(おおいで)対馬守(つしまのかみ)。知行二千五百石の旗本で、新御番頭(しんごばんがしら)を務めていた。つまり俺の上司にあたる。  おや、乙さん。あんた、何も聞かされてないのかえ。俺の所行をかくかくしかじか…
    記事へ
  • 流人道中記 第388回

    会員限定
     五十年に一度どころではない。長いお務めの間、次郎兵衛(じろうびょうえ)が通(とおり)代官として満足な年貢を取り立てた憶えなど、算(かぞ)えるほどしかなかった。ほとんどが不作と無作のくり返しで、いきおい武士の御禄も半分に…
    記事へ
  • 流人道中記 第387回

    会員限定
     宿村(しゅくそん)送りの病人が、かろうじて御領内にはたどり着いたものの、故郷までは届かずに死んだ。次郎兵衛(じろうびょうえ)がかつてかかわった二件と同様の結末である。ただし、こたびは天下のお定めを枉(ま)げるのだから、…
    記事へ
  • 流人道中記 第386回

    会員限定
     「おーい、お菊ゥ。生ぎとるかァー」  隣座敷の褥(しとね)にしたたか酔うた体を横たえると、及川次郎兵衛(おいかわじろうびょうえ)は唐紙ごしに声をかけた。少し気を揉む間があって、「へーい」とお菊が応じた。  「厠に立つと…
    記事へ
  • 流人道中記 第385回

    会員限定
     相去(あいさり)の足軽長屋で聞いた粥の来歴について、僕はきょうのみちみちずっと考え続けていた。  七草の粥は男が炊くというならわしを語るために、玄蕃も話のはずみでみずからの生い立ちを明かしてしまったのだと思う。だが、そ…
    記事へ
  • 流人道中記 第384回

    会員限定
     あらすじ  お菊の「宿村送り」に付き添い、南部に入った乙次郎と玄蕃。三人は宿をとった花巻で、同行する通代官、及川次郎兵衛とともに湯につかる。湯の中で玄蕃は、青山家に引き取られた算え七つの暮れから抱いていた父や継母への葛…
    記事へ
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 21

アクセスランキング

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)
ページTOP
読売新聞社の運営するサイト
ヨミダス歴史館
ヨミドクター
発言小町
OTEKOMACHI
元気ニッポン!
未来貢献プロジェクト
The Japan News
美術展ナビ
教育ネットワーク
活字・文化プロジェクト
よみうり報知写真館
読売新聞社からのお知らせ