• タラント 第19回 角田光代

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     アスファルトに、陸とみのりと車椅子に乗った清美の影が伸びていて、進む速度に合わせて前へ前へと道を這(は)う。その影を見ていると、ここにいる三人が血縁というものとはまったく異なる縁で肩を寄せ合っているように思えた。まった…
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  • タラント 第18回 角田光代

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     陸の話がいったいどこにいくのか、自分に何を聞きたいのか、わからなさすぎてみのりはかすかに動揺する。 「歩いたらべつの国にいけるってすごいなって思ったんや、それ見てて。あれって、だれかリーダーみたいな人がおったんかな。そ…
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  • タラント 第17回 角田光代

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     「タクシーに乗んな?」みのりが言うと、 「ええけん、そんなんええ」清美が片手を顔の前で振りながら言う。 とくに見どころもない住宅街を、車椅子を押す陸とみのりは並んで歩く。ときどき見知った顔とすれ違い、「あら、ほうらい家…
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  • タラント 第16回 角田光代

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     車椅子はところどころ錆(さ)びているが、なめらかに動く。今朝も陸と歩いた住宅街の道をゆっくりと進む。まだ昼過ぎのような明るい陽射(ひざ)しにすっぽりと包まれた清美は、まんべんなく日を浴びようとするかのように、顔を空に向…
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  • タラント 第15回 角田光代

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     背はみのりより高いが、筋肉もそんなについておらずひょろりとした陸と、清美をベッドから車椅子に移すのに、存外の力が必要だった。コツを知らないので、ベッドに横座りさせた清美を、みのりが前から抱き上げ、うしろから陸が押し上げ…
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  • タラント 第14回 角田光代

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     そんなあれこれを、もちろん陸が知るよしもない。仕事のことを訊(き)いたのも、興味ではなく会話のつなぎだろう。アイスラテのカップもコーヒーカップも空になっていることに気づいて、みのりはそれらをトレイに載せる。陸が素早く立…
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  • タラント 第13回 角田光代

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     「べつにたいした理由はないけど。お盆には帰れんかもしれへんし」とみのりは答える。 「いつまでおるんな?」と、陸は重ねて訊(き)く。 「金曜日には帰る」 「仕事も休みなんな?」 みのりはまたしても一瞬返答に詰まり、それを…
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  • タラント 第12回 角田光代

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     「あんたのおとうさん、口うるそう言うんな?」窓際の席に並んで座り、思い切ってみのりは訊(き)いた。 「え、なんで」 「毎日じいちゃんのとこにいっきょんやろ」 「学校いかんのやったらじいちゃんのとこにいって、手伝ったりっ…
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  • タラント 第11回 角田光代

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     みのりは陸と親しいという意識がさほどなくて、小学生の低学年のころはただかわいいだけだったけれど、だんだん何を話していいのかわからなくなり、中学に上がってからは話すこともどこか照れくさくなった。みのりの周囲には子どもでも…
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  • 登場人物とあらすじ

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    【現代】 (東京)   山辺(旧姓・多田)    みのり …現在、39歳。実家は、香川の人気うどん店「ほうらい家」。大学進学とともに上京した。結婚後、現在は、東京の洋菓子店で働く。子供はいない    寿士 ……みのりの夫…
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  • タラント 第10回 角田光代

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     風俗店が、何かに登録した個人情報をもとに、男性名の人に片っ端からDMを送っているのだろう、最近のDMはこんなふうに手がこんでいるのだろうと勝手に納得し、封筒をチラシの下に戻す。墓石のセールス電話がしょっちゅうくると母親…
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  • タラント 第9回 角田光代

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     「トイレもな、まあ慣れとるけど不便は不便やな。それにここにおったら、寝とるだけや。まあ前からそんなもんやけど」と祖母は、みのり相手にというよりもテーブルに話しかけるように一点を見つめてとうとうとしゃべる。センターという…
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  • タラント 第8回 角田光代

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     ほうらい家は朝八時にオープンする。人気が出はじめたのはみのりが中学に上がってからで、このごろでは七時半にはもう店の前に行列ができている。祖母が引退した後は伯父の克宏が店を継ぎ、七十近いのに未(いま)だ厨房(ちゅうぼう)…
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  • タラント 第7回 角田光代

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     「それであんたはなんで戻(も)んできたんな」母の珠美が急にみのりに顔を向けて訊(き)く。 「なんちゃない、陸のこと、由利ちゃんが心配しとったから、様子見ようかなと思って」自分のコップにビールをついでみのりは答える。 「…
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  • タラント 第6回 角田光代

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     高校を卒業するまで使っていた部屋は、今はだいぶ片づけられている。ピンク色の絨毯(じゅうたん)も本棚も学習机も処分され、そのかわりに埃(ほこり)っぽい段ボール箱やビニールに覆われた健康器具が運びこまれている。ベッドだけ、…
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  • タラント 第5回 角田光代

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     そんなに深刻な感じでもなく、やりとりのついでのように書かれていただけなのだが、陸と話してみようか? とみのりは返信した。そんなに心配もしていないんだけれどね、と返信の返信ものんきだった。 階段を下りる音が聞こえ、「ああ…
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  • タラント 第4回 角田光代

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     ほうらい家の前、一方通行の細い車道を挟んで専用駐車場があり、その駐車場を囲むようにみのりの親族たちが居を構えている。駐車場の奥の一軒家がみのりの実家で、ほうらい家に向かって右手が祖父母の家、左手が伯父夫婦の家族、結婚し…
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  • タラント 第3回 角田光代

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     実家までは空港からバスで四十分ほどだ。バスに乗りこんで前方の窓際席に着き、みのりはスマートフォンをチェックする。夫の寿士から「着いた?」とラインがきている。着いた、と打ち、パンダが敬礼しているスタンプを送る。赤ん坊の泣…
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  • タラント 第2回 角田光代

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    第一章 当機はただいまより高度を下げて着陸の準備に入ります、というアナウンスを聞いて、みのりは飛行機の窓に額をつける。浮かぶ雲の下が青く染まっている。海だ。やがて飛行機は分厚い雲を突っ切る。青が広がる。船もなく波もない。…
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  • タラント 第1回 角田光代

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     感覚と感情は違う。いっしょにしちゃだめだ。 おなかがすいた。これは感覚。おなかがすいて、かなしい。これが感情。 殴られて痛い。これは感覚。殴られて痛くて、くやしい。これが感情。 それとはべつに、ただのできごとや、ものご…
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