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幸村を討て

  • 幸村を討て 第299回 今村翔吾

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     「じゃあ、勝勝(かつかつ)は? 二つも入っているからもっと強そう」 「それは……流石におかしいのでは?」 吉政は苦々しげに頬を緩める。 「じゃあ、勝永。永く勝ち続ける」 「姫はよく字を知っておられますね」 「どう?」…
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  • 幸村を討て 第298回 今村翔吾

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     「何故、あそこに座っておられたので?」 「思ったより遠かったから。日没に間に合わないと思って……」 「進むか戻るか迷っておられたということですね」 「うん」 行く先には家路へ誘うように、二つの影法師が長く伸びていた。烏…
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  • 幸村を討て 第297回 今村翔吾

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     「姫」 吉政が近付いて声を掛けると、茶々は顔を勢いよく上げた。そしてその目にみるみる涙が溜(た)まっていく。 「探しました。戻りましょう」 「でも……」 「大杉でしょう」 吉政が言うと、茶々は溢れる涙を袖で拭(ぬぐ)っ…
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  • 幸村を討て 第296回 今村翔吾

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     ――法華寺三珠院(ほっけじさんじゅいん)の大杉に願を掛けると、どんなことでも一つだけ叶(かな)うらしい。 先日、殿に拝謁しに来ていた豪族の脇坂某(わきさかなにがし)と、片桐(かたぎり)某が、そのように話しているのを立ち…
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  • 幸村を討て 第295回 今村翔吾

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     「左様か」 とはいえ行先を聞いている訳ではない吉政に、老臣は役立たずめとばかりに舌打ちをした。 「私も探しても?」 「勝手にせよ」 誰も己などに構っている暇はない。人知れず戻ったかもしれないと、家臣や侍女たちが城内の隅…
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  • 幸村を討て 第294回 今村翔吾

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     だが茶々が指さして向かった店に辿り着いても、その姿が見えない。店主に聞けば脇を抜けて走り去ったという。血相を変えて皆で探すが茶々は一向に見つからなかった。 供の家臣、侍女たちは顔面蒼白で殿に事の次第を報告した。家臣たち…
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  • 幸村を討て 第293回 今村翔吾

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     己は武芸も学問も人並み以下。せめて誠意なりともないとなれば、何一つ残らない。故に出来ぬ約束は交わさない。交わしたならば全力で守ろうと心に決めていただけである。 「確かに、吉政は弱いから」 茶々はくすりと笑った。このよう…
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  • 幸村を討て 第292回 今村翔吾

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     吉政だけが独りで探し始めた。己もまた、 ――探し出しますので泣き止んで下さい。 と、茶々を慰めていたからである。 びいどろ玉を失くしたと気付いたのが正午の頃。吉政は迎えに来た森家の家臣を、姫様との約束事があると告げて待…
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  • 幸村を討て 第291回 今村翔吾

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     ともかくこのようなことは初めてであり、殿としても是非、吉政を傍に置いておきたいとのこと。己の小姓という名目で、小谷城に詰めて欲しいと命じた。 「あり難き幸せ」 父は歓喜に震えて頭(こうべ)を垂(た)れた。 大小三百を超…
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  • 幸村を討て 第290回 今村翔吾

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     苦手だが吉政も逆らうつもりはない。場所を移して手合わせをする。これも茶々が三本中、三本を見事に取った。最後の一本で額を強(したた)かに打たれた吉政は、 「参りました。お見事です」 と、痛さからくる涙を懸命に堪(こら)え…
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  • 幸村を討て 第289回 今村翔吾

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     「吉政、弓の稽古(けいこ)に付き合え」 翌日、茶々は会うなりいきなり命じた。通常、諱を呼称として用いることはない。身分が上の者がそう呼ぶのは悪いとは言わぬが、それでも些(いささ)か憚(はばか)られるものである。茶々とし…
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  • 幸村を討て 第288回 今村翔吾

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     だからといって男子をという訳にはいかない。分別も付かぬ童ならば、姫が相手でも喧嘩(けんか)に発展してしまうことがあり得る。むしろ姫のお転婆の度を増してしまう恐れすらあるのだ。何とか都合の良い相手がいないかと殿が頭を悩ま…
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  • 幸村を討て 第287回 今村翔吾

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     そのような吉政が六歳となった元亀四年(一五七三)の正月。吉政は父の部屋に呼ばれた。父の様子がいつもと異なり、不安と高揚の入り混じる顔をしていたのをよく覚えている。 「はあ……」 話を聞き終えた吉政の呆(ほう)けたような…
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  • 幸村を討て 第286回 今村翔吾

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     毛利勝永は永禄(えいろく)十一年(一五六八)、近江国長浜(おうみのくにながはま)に生まれた。その頃の姓は毛利ではなく森(もり)と謂った。別に他家に養子に入った訳ではなく、後に秀吉により命じられて変えたものである。 諱(…
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  • 幸村を討て 第285回 今村翔吾

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     「話されましたか」 幸村は消え入るような声で聞いた。流石に憚(はばか)られると思ったか。いや、返ってくる答えが朧気(おぼろげ)に見え、己の心情を汲(く)んでのことだろう。 「いや、何も」 「よいので」 「なかなか」 開…
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  • 幸村を討て 第284回 今村翔吾

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     幸村もまたこの戦は、これまでのものと大きく違うと考えているという。負ければ戦国最後の戦となるからであろう。各々がそれぞれの目的を達しようとしていた。それを幸村は仕方のないことだと思っているし、止める気もさらさらない。…
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  • 幸村を討て 第283回 今村翔吾

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     この出撃策の中で討ち死にする将が出るだろうことは、口に出さずとも皆が気付いている。それでもその中に己たちが含まれぬように、少しでも多くの兵を残せるようにすべきだと幸村は主張した。 「だが後藤殿は得心するまい」 後藤又兵…
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  • 幸村を討て 第282回 今村翔吾

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     家康さえ討ち取れば勝てるなどとほざいている者もいるが、それはあり得ない。家康は権力の半分を秀忠に移譲しており、幕府の体制は盤石となっている。二人同時に討ち取り、天下の乱れを誘うほか、豊臣家の生き残る道は残されていない。…
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  • 幸村を討て 第281回 今村翔吾

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     その幸村に己の想いを見抜かれた。誰にも気付かれぬと思っていたから驚いたものである。些細な目の動き、言葉の端々から感じ取り、これはと思って配下を使って己の過去を探らせたというのだ。幸村は此度の戦に優れた忍びを多く連れてき…
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  • 幸村を討て 第280回 今村翔吾

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     何故このような行動を取るに至ったか。端的に言えば、己と幸村の利害が一致した。味方どうしで利害が相反することなどあるのか――。大坂城の内情を知らぬ者が聞けばそう思うに違ない。だが現実として諸将の目指すものが食い違っている…
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