読売新聞オンライン

メニュー

ニュース

動画

写真

スポーツ

コラム・連載・解説

発言小町

漫画

教育・受験・就活

調査研究

紙面ビューアー

その他

サービス

読売新聞のメディア

購読のお申し込み

読売新聞オンラインについて

公式SNSアカウント

幸村を討て

  • 幸村を討て 第385回 今村翔吾

    会員限定
     「なるほど。しかし何故、味方であるはずの鉢屋衆を殺したのか……ここで二人目の証言へと移ろう。石見の戸仙という乱破じゃ」 鉢屋衆の頭領は代々、鉢屋弥之三郎を名乗っていたという。歴代の中でも、当代の弥之三郎は別格。忍びが脅…
    記事へ
  • 幸村を討て 第384回 今村翔吾

    会員限定
     「有楽斎は南条元(もと)忠(ただ)より、とある報告を受けていたそうな」 ゆっくりと襟元に風を取り入れつつ、ちらりと家康が見るや、正信は目を細めつつ口を開く。この二人の息は見事なまでに合っている。 「南条元忠は鉢屋衆を率…
    記事へ
  • 幸村を討て 第383回 今村翔吾

    会員限定
     「当然でございます。謀は武門の常かと」 信之が平然と言い放つと、家康は苦々しい顔で鼻を鳴らした。 「房州が申しそうなことだ」 「実のところは、有楽斎殿が進言したのかもしれませぬ」 「何……」 「先刻、大御所が申されたよ…
    記事へ
  • 幸村を討て 第382回 今村翔吾

    会員限定
     「信雄が儂に通じているという噂が、ある日を境に、城内に瞬く間に広がったらしい。有楽斎には儂が信雄とも通じているとは知らせていなかった。故に有楽斎は自らに大将を挿(す)げ替えんとする儂の策じゃと思うたようだが……佐渡?」…
    記事へ
  • 幸村を討て 第381回 今村翔吾

    会員限定
     「我らが軍を集め出した時、遅くとも大坂に進発した段階で、信雄は和議を切り出す段取りであった」 秀頼、淀殿も含め、豊臣家の者たちは、東西手切れとなれば、一つか二つの大名くらいは味方するだろうと思っていた節がある。だが実際…
    記事へ
  • 幸村を討て 第380回 今村翔吾

    会員限定
     「この戦の裏で何が起こっていたか。儂の見立てを話そう」 一層、家康の声色が低くなる。その両眼にも力が漲(みなぎ)っている。まさしく戦をする男の顔。数百の鉄砲隊がずらりと並び、此方の城に向けて一斉に火(ひ)蓋(ぶた)を切…
    記事へ
  • 幸村を討て 第379回 今村翔吾

    会員限定
     緊張は緩むどころかさらに強くなり、広い部屋であれども所狭しといったように埋めていく。家康が自らを鎮めるように大きく息をして目配せをすると、正信が一つ、乾いた咳(しわぶき)をして口を開いた。 「伊豆守殿、織田有(う)楽(…
    記事へ
  • 幸村を討て 第378回 今村翔吾

    会員限定
     「弟は九度山にて、父と十数年過ごしておりましたので」 「それよ、それ。儂も初めは房(ぼう)州(しゅう)の入れ知恵かと思うた」 家康は扇子で此(こ)方(なた)を指し、大袈裟に頷きつつ言葉を継いだ。 「豊臣家に集まる顔ぶれ…
    記事へ
  • 幸村を討て 第377回 今村翔吾

    会員限定
     「大御所様の采配が優れていたからでしょう」 「正直なところ儂は油断し、まともに采配を取ってはおらぬ」 「ならば……ご武運が勝っていたということです」 信之は弛(たゆ)みなく答えた。家康は扇子をびっと開き、もう肌寒い季節…
    記事へ
  • 幸村を討て 第376回 今村翔吾

    会員限定
     自然、広い謁見の間に残るのは三人となった。家康はひじ掛けに身を預けつつ、ふわりとした口調で話し始めた。 「豆(ず)州(しゅう)、世間話をしようか」 「あり難き幸せ」 「真にそう思うか?」 「大御所はご多忙故に、どの大名…
    記事へ
  • 幸村を討て 第375回 今村翔吾

    会員限定
     「滅相もございません」 信之が会釈をしようとしたその時である。家康は刺すが如く強い声音で言い放った。 「お主であったか」 部屋の雰囲気が重苦しいものに一変する。だがそれを認めているのは三人だけで、侍る小姓たちは何も感じ…
    記事へ
  • 幸村を討て 第374回 今村翔吾

    会員限定
     信之が通されたのは、江戸城西の丸御殿の大広間である。案内の者からここで待つようにと命じられた。暫くすると衣(きぬ)擦(ず)れの音が聞こえてきて、信之は頭(こうべ)を垂れた。 「面を上げよ」 畳を見つめる信之の頭上を声が…
    記事へ
  • 幸村を討て 第373回 今村翔吾

    会員限定
     こうして証人を立てておかねば、後々になって真田家の申し入れなど聞いていないと、怠慢を咎(とが)められて改易される恐れもあるからである。 こちらの意図を家康も察したのだろう。苦々しく口辺を歪(ゆが)め、 ――覚えている。…
    記事へ
  • 幸村を討て 第372回 今村翔吾

    会員限定
     後に知ったことだが同日四日の朝、家康は二条城を発していた。五日には近江(おうみ)水口(みなくち)に入ったが、翌日から三日に亘(わた)って大雨が続いたためそこで逗(とう)留(りゅう)した。 老(ろう)躯(く)には違いない…
    記事へ
  • 幸村を討て 第371回 今村翔吾

    会員限定
     七月七日、大御所徳川家康、将軍秀忠は諸大名を二条城に集めると、 ――武家諸法度十三カ条。 なる定めを出した。徳川家の天下が固まったことを宣言するようなものである。戦乱は刻一刻と過去のものとなっていく。信之は依然として江…
    記事へ
  • 幸村を討て 第370回 今村翔吾

    会員限定
     事実、冬の陣ではそのような布陣となった。息子たちは毛利(もうり)勝永(かつなが)隊と対(たい)峙(じ)した。そして散々に打ち破られたのである。 信吉の書状には、家老の書状も添えられていた。そこから夏の陣においても毛利隊…
    記事へ
  • 幸村を討て 第369回 今村翔吾

    会員限定
     豊臣方と手切れになった際、己は家康より、 ――江戸におるがよい。 と、留め置かれた。 兄弟で争うことに胸を痛めたが故の配慮、思いやりだろうと徳川の家臣たちは言い合っていたが、実際のところは豊臣方に通じはせぬかと疑われて…
    記事へ
  • 幸村を討て 第368回 今村翔吾

    会員限定
     翌々日の十五日の夜、叔父真田信尹(のぶただ)からも、大坂での顛末(てんまつ)を記した書状が届いた。かなり詳らかに戦の状況が書かれてはいたが、際(きわ)の際まで戦場にいた庄八郎の報せとは比べものにならない。さらには、信尹…
    記事へ
  • 幸村を討て 第367回 今村翔吾

    会員限定
     此度の戦は、最後まで見届ける必要があった。その時には弟の周囲は敵で満ち溢(あふ)れている。 ――恐らく一人しか戻れますまい。 己の元から発(た)つ時、左近はそのように言っていた。他の者が聞いたならば、庄八郎を連れて戻る…
    記事へ
  • 幸村を討て 第366回 今村翔吾

    会員限定
     やがて水の幕を破り男が姿を現す。雨音がけたたましいということもあるが、それにしても跫音は皆無であった。男は庭がぬかるんでいるのにも一向に構わず、信之の前に拝(はい)跪(き)した。 「戻ったか」 「は……」 暫し続いた無…
    記事へ
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 20

アクセスランキング

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)