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幸村を討て

  • 幸村を討て 第320回 今村翔吾

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     勝永の入城後、続々と浪人衆が集まって来た。案内の使者が言っていた大物の浪人もその中にいる。誰が呼び始めたか、後藤、明石、長宗我部、真田、そしてそこに己も加えて、 ――大坂五人の衆。 などと言われるようになっていた。日々…
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  • 幸村を討て 第319回 今村翔吾

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     勝永は入城から間もなく豊臣秀頼に拝謁することになった。最後に姿を見たのは己が小倉を領す大名であった頃。その時の秀頼はまだ幼子であった。 あれから十四年以上の月日が流れ、噂には聞いていたが、なかなか大きな体(たい)躯(く…
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  • 幸村を討て 第318回 今村翔吾

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     その真田の当主は安(あ)房(わの)守(かみ)昌(まさ)幸(ゆき)。長男は東軍に付いた伊(い)豆(ずの)守(かみ)信(のぶ)之(ゆき)。父と共に戦った次男もいたが、確か左(さ)衛(え)門(もんの)佐(すけ)信(のぶ)繁(…
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  • 幸村を討て 第317回 今村翔吾

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     「今日は他に誰だったかな?」 勝永はふいに尋ねた。 別段、興味がある訳ではない。だが使者に誉(ほ)めそやされるのが気恥ずかしく、他の話にしたかっただけだ。 「明石(あかし)全登(たけのり)様でございます。先刻すでに入ら…
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  • 幸村を討て 第316回 今村翔吾

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     毛利吉政、いや毛利勝永が大坂の町に入ったのは、慶長十九年(一六一四)十月七日のことであった。 他に嫡男の式部、土佐で近くに侍(はべ)っていた家臣、噂を聞いて駆け付けた旧臣を合わせ、その数は五十余騎。豊臣家からの支度金で…
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  • 幸村を討て 第315回 今村翔吾

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     「何……」 吉政は書状を受け取ると貪(むさぼ)るように読んだ。やがて目が潤み、紙の上にぽつぽつと丸い滲(にじ)みが出来る。 共に生きられて幸せだったこと。ほんの些細な「約束」でも果たす一(いち)途(ず)な己に心底惚(ほ…
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  • 幸村を討て 第314回 今村翔吾

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     その翌年の五月、今度は父が世を去った。遺言めいたことは何もない。ただ、自慢の息子であったという一言。それに感謝の想いを添えただけという、父らしい素朴な言葉だった。 「大坂と関東はいつか手切れとなります。その時は……」…
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  • 幸村を討て 第313回 今村翔吾

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     そのようなつもりは毛頭なかったが、流石に妻だけあって些細なことに気付くのだろうか。安津は二度、三度頷いて穏やかに尋ねた。 「お慕いしていたのですか」 「いや、どうだろう。憧れていたのは確かだ。だが今は違うぞ。仮に顔が曇…
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  • 幸村を討て 第312回 今村翔吾

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     中でも妻である安(あ)津(つ)は、自身が九州の名族である龍(りゅう)造(ぞう)寺(じ)家の姫という出自にもかかわらず、この境遇に愚痴の一つも零さなかった。躰が鈍(なま)ると嘆く己に対し、百姓と共に畑を耕そうなどと誘い出…
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  • 幸村を討て 第311回 今村翔吾

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     慶(けい)長(ちょう)三年(一五九八)、豊臣秀吉が世を去った。その後、五(ご)大(たい)老(ろう)筆頭の徳川家康と、五奉行の石田三成との対立が深まっていった。 そして慶長五年(一六〇〇)、両陣営は遂に激突した。吉政たち…
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  • 幸村を討て 第310回 今村翔吾

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     毛利といえば中国地方を束(たば)ねる大領の大名。秀吉の傘下に入る前から、九州北部でも威勢を誇っていた。馴染みのない「森」と謂う姓よりは、「毛利」のほうが国人たちも畏(い)敬(けい)しようという秀吉の計らいである。 勧め…
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  • 幸村を討て 第309回 今村翔吾

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     賤ケ岳の戦いの後、吉政は着々と栄達を重ねた。 天正十五年(一五八七)、秀吉が反抗する島津家を降(くだ)して九州を平定すると、森家は豊前国の規(き)矩(く)郡(ぐん)、高(たか)羽(はね)郡(ぐん)の二郡六万石を与えられ…
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  • 幸村を討て 第308回 今村翔吾

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     「逞(たくま)しくなられたのですね。見違えました」 「十年経ちました」 「羽柴様は知っていて貴方(あなた)を?」 「恐らくは。姫たちのことを慮(おもんぱか)ってのことかと」 「お心遣いありがたい限りです」 寝息の合間を…
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  • 幸村を討て 第307回 今村翔吾

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     十年ぶりの邂逅(かいこう)から数日、何事もなく時が流れた。役目以外のことを己は話さず、また茶々から声を掛けてくる訳でもない。茶々の言動からして己を忘れているという訳ではない。悲哀、憤怒があまりに大きいのか。あるいは親し…
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  • 幸村を討て 第306回 今村翔吾

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     ゆっくりと開くと、そこには寄り添うようにして座る三人の娘がいた。最後に会ってから十年の時が流れており、息を呑むほどに美しくなっていたが面影は残っている。紛(まぎ)れもなく茶々である。 「姫様たちの警護を務めさせて頂きま…
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  • 幸村を討て 第305回 今村翔吾

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     幼い頃に見たお市の方の幸せそうな笑顔は今も脳裏に焼き付いている。その後、最愛の夫を兄が殺し、その兄も家臣の謀叛で世を去り、そしてまた夫を失うこととなった。戦国の習いとはいえ、もう生きるのに疲れたのではないか。何となくだ…
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  • 幸村を討て 第304回 今村翔吾

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     だがその予想が根底から覆(くつがえ)された。むしろこれからのほうが血で血を洗うような戦が続くことを、吉政は感じ取らざるを得なかったのである。 秀吉は神速(しんそく)で軍を退(ひ)き返し、山崎(やまざき)で逆臣明智光秀を…
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  • 幸村を討て 第303回 今村翔吾

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     そのような経歴から秀吉には譜代(ふだい)の臣がいない。故に、北近江の本拠に今浜(いまはま)の地を選び、長浜(ながはま)と名を改めた後、たとえ浅井家の旧臣でも積極的に召(め)し抱(かか)えた。他の豪族たちがそうであるよう…
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  • 幸村を討て 第302回 今村翔吾

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     さらに、織田家打倒を掲げて上洛を始めた甲斐(かい)の武田(たけだ)家も進撃を止めた。後に解ったことであるが、その途中、当主武田信玄(しんげん)の病状が悪化して帰らぬ人となったからである。こうして望みを絶たれた浅井家であ…
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  • 幸村を討て 第301回 今村翔吾

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     「父と共に国友城へ移ります」 小谷城を出る日、吉政は茶々に別れを告(つ)げた。 「ご武運を」 幼いながら大名の娘である。覚えてまだ間もないであろう言葉を茶々は返した。 「では、また」 戦が終わればまた来ます――。そう言…
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