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天性のセンスと体格が武器…ボート 榊原春奈(3)

 「スポーツのセンスがない」と小学生のころに思い込み、中学では合唱部に入った榊原選手。運動から長く遠ざかっていたが、高校3年間の練習で五輪に行けるようになるとは、今でも驚きだ。世界レベルまで実力が急伸したのは、ハードな練習を耐えられるくらいボートに病み付きになったからだと思っている。

◇    ◇    ◇


世界を股にかけて活躍したい

榊原春奈選手。「歌が大好きで、気分転換にカラオケへ行くこともあります」

 ———初めてボートに乗ったのは?

 「初めてボートを()いだのは小学3年生の時、父と愛知用水のため池へ行きました。それから半年に1回くらいのペースで行きました。父と一緒にダブルスカルをやって、父の楽しみに付き合っている感じでしたが、自分も結構楽しんで乗ってました」

 ———小学校でほかにスポーツは?

 「小学校では、バスケットボールを4年生の時にやっていたんですけど、楽しめずに5年でやめました。とにかく、背が高いのにシュートを決められないので、『君にボールを集めてもシュートを入れてくれないじゃん』って(笑)。スポーツのセンスがなかったです。中学では合唱部でした。ですので、どうして高校から3年間の漕艇(そうてい)歴で五輪に行けるんだろうというのは、ちょっと自分でも疑問です(笑)。ただ、なぜかボートだけは病み付きになったんですね。だから実力が伸びたのかなと思っています」

 ———旭丘高校へ進学した理由は?

榊原春奈選手。「ワセダからグローバルな世界へ羽ばたきたいです」(写真提供:早稲田大学漕艇部)

 「家も近かったし進学校なので『行けば将来、困らないかな』みたいな(笑)。自分としてはグローバルなことをしたいと思ってましたね。今、ボートを通じて、世界に遠征したりしていることで、少し夢が実現しつつあると思います。将来の夢の一つとして、FISA(国際ボート連盟)に携わりたい、というのもあります」

 ———早大には?

 「スポーツ系の勉強をしてみたいと思ったのがきっかけです。早稲田大学はスポーツ科学に関して日本のトップレベルの教育が受けられます。それからボートの全日本選手権を高校のとき観戦し、早稲田の優勝を間近で見て『格好いいなあ』と思ったのも進学した理由の一つです。陸上・やり投げのディーン元気選手とかすばらしい仲間もたくさんいて、早稲田大学に所属していることに誇りを感じます」

膝が抜けるほどの厳しい練習に耐えた

榊原春奈選手。「けがをせずにきちんと漕ぎ続けられることがなにより幸せです」(写真提供:早稲田大学漕艇部)

 ———春奈というという名前は?

 「百人一首からです。『君がため 春の野に()でて 若菜摘む 我が衣手に 雪は降りつつ』から取って、菜っ葉の菜だと野菜みたいだから奈良県の奈にした、と母から聞きました」

 ———両親への想いは?

 「母はボートの世界選手権にシングルスカルで出場、父もユニバーシアードに出ましたが、両親をボート選手として意識したことはないです。でも私自身がボートを始めるきっかけを与えてくれたことは確かなので、すごく感謝しています。私がシングルスカル種目をやっているのは母の影響ではなくて、体が大きすぎて他の方とクルーを組むのはちょっと難しいかなということがあったからです」

 ———つらかった思い出は?

 「練習はいつもきついです! (あえてひとつあげるなら、)高校2年の冬、2月のことですが、全日本ジュニアの合宿の時にやったサーキットトレーニングが一番つらかったです。バービージャンプなど5種目を各10回を5セット、そのあとに各15回を5セット、最後に各20回を5セットやって、そのあとにジャンプスクワットを130回以上やりました。最後はきつすぎて回数がわからなくなってしまいました。合宿が終了して千葉から東京の帰り道、膝が勝手にカクンて抜けちゃって、帰宅するのに苦労しました」

 ———挫折を味わったことは?

 「高校1年の時に骨折したことです。インフルエンザの治りかけでフラフラしていたとき階段から転がり落ちたんです。右のくるぶしを剥離骨折しました。2〜3か月漕げなくなったでしょうかね。ボートを始めて試合にも出るようになって、ボートの楽しさがだんだんわかってきた時期だったのですごいショックでした。選手にとって一番大事なのは健康な体、きちんと漕ぎ続けられることが何よりも大切なことだと改めて感じました。五輪の本番に向けても、けがをしないように気をつけながら練習して、万全の状態で試合に臨みたいと思います」(おわり)(記事・写真とも高野一)

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プロフィル
 榊原春奈(さかきばら・はるな)
 1994年3月生まれ。183センチ。宮城県出身。愛知・旭丘高校から2012年早稲田大学へ。スポーツ科学部1年、漕艇部所属。12年4月に韓国・忠州で行われたアジア大陸予選女子シングルスカル決勝(5位以内が五輪出場枠獲得)で1位となり初の五輪代表に内定。女子シングルスカルは7月28日から8月4日まで行われる。


■ボート 女子シングルスカル■
◇一定の距離をボートに乗ってオールを使って()ぎ順位を競う。シェル艇と呼ばれる長くて細い船を使う。国際大会は2キロメートルで競われる。種目は、漕ぎ手が1人(シングル)のもののほか、2人(ペア)、4人(フォア)、8人(エイト)で、舵手が乗るものもある。軽量級と体重制限のないオープン種目に分かれる。大きいオールを1人1本持って漕ぐスウィープと、左右の小さいオールを1人で持って漕ぐスカルがある。女子シングルスカルは、約8メートルの船と左右のオールを使って2000メートルを1人で漕ぐ。



◇日本ボート協会
http://www.jara.or.jp/
◇協力:早稲田大学
http://www.waseda.jp/

2012年6月20日  読売新聞)