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読売記者が見た 五輪・パラリンピックの裏側

悔しさ残った五輪…山本高裕(写真部)/バンクーバー五輪(2010年)

 北海道でのウィンタースポーツ競技の取材経験をかわれ、2010年のカナダ・バンクーバー冬季五輪で雪上競技を担当した。唯一の五輪取材であったが、日本選手のメダル獲得の瞬間に立ち会えなかった悔しさが、心の隅から離れない。

 厳寒の中、カメラのファインダー越しに、「行け、飛べ、走れ、勝て」と心の中で叫ぶ。肝心なチャンスでは「ピントをぼかすな、タイミングを遅らせるな」と、シャッターボタンを押す右手人さし指に力が入った。相当な緊張感だった。

 選手たちも、この瞬間のために何年も計り知れない努力を重ねてきたのだろう。が、本番を前に不注意で試合にさえ出られず会場を去ったのはスケルトン女子の小室希選手だった。私たちが構えるカメラの前から、泣きじゃくる顔を隠し引き揚げた。開幕初日には、リュージュの公式練習でグルジア(現ジョージア)代表選手の死亡事故も起きた。

 今大会はメダル獲得確実だと思われたが、4位に終わり「なんでこんなに一段一段なんだろう」と、ゴールで涙したフリースタイルスキー・モーグルの上村愛子選手。スキーアルペン回転で、期待を背負った皆川賢太郎選手は1回目でコースアウト。棄権となった。世界選手権でメダルに輝いた、スキージャンプ男子団体の日本チームは結局、入賞にとどまった。

 悔しがる顔、残念な瞬間ばかりを撮った気がする。「運もなかった」。選手との一体感、共有感を味わいきれなかった悔しさが残っている。

【アーカイブ】雨のち愛子スマイル

2010年2月15日付読売新聞朝刊から

2016年03月17日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun