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読売記者が見た 五輪・パラリンピックの裏側

取材班の点字入り名刺…三宅宏(当時運動部)/シドニーパラリンピック(2000年)

  • 好評だった取材班の点字入り名刺
    好評だった取材班の点字入り名刺

 読売新聞がパラリンピック取材に本腰を入れ始めたのは、2000年シドニー大会からだった。1998年長野パラリンピックが盛り上がったこともあって、本格的な取材チームを結成。社会部、運動部、地方部、大阪本社、バンコク支局などから記者が参集、大会中は連日1ページの特設面で選手たちの活躍を伝えた。

 いまでこそ、「パラリンピックはアスリートの祭典」という認識が共有されているけれど、当時は、選手の中にも「アスリート」としての意識に欠ける人がいた。努力の過程は五輪選手と同じ(あるいはそれ以上)なのに、これではいけない。自覚を持ってもらわないと。そこで、筆者は事前取材の際に、「障害を負った経緯については意図的には聞かない」ことを心がけた。あくまでも一人のアスリートとして接した。「運動部の記者が取材に来た」と喜んでくれる選手も多かったので、期待にこたえるべく、駆け引きを含む技術論、独自のトレーニング理論などを聞くことに時間を割いた。

 ところで、「何かパラリンピックらしいことを」ということで、取材班は点字入りの名刺を作成した。これが好評だった。パラリンピック関係者だけではない。完成した名刺がうれしくて、パラリンピックとは無縁の取材でお会いした小谷実可子さんに手渡したところ、感激されたのを覚えている。

 ただ、この名刺にも弱点があった。点字にうとい人には、何が書かれているか分からないのだ。名刺を渡せば、大半の人は珍しがって興味を持ち、「で、なんて書いてあるの?」と聞いてくる。そのたびに、「上から読売新聞、パラリンピック取材班、名前、電話番号」と事前に教わったとおりのことを答えるのだが、当方も理解しているわけではないので、何とも複雑な気持ちになった。(現職=編集委員)

【アーカイブ】シドニーパラリンピック特設面

2000年10月22日付読売新聞朝刊から

2016年06月24日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun