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Road to リオ 決戦へ

円熟27歳、チームの柱…福原愛(27)(ANA)

卓球女子

 小さな頃から注目され、卓球界の象徴だった「愛ちゃん」も27歳になった。ロンドン五輪団体戦での歓喜の銀メダルから、一人の女性アスリートとして成熟を重ね、4度目の五輪には初の主将として挑む。

自己管理徹底 経験を力に

 この4年間は、故障を抜きに語れない。ロンドン五輪後すぐ、痛めていた右ひじを手術。2014年には左足小指を疲労骨折し、同年の世界選手権団体戦(東京)を欠場した。自分抜きのチームの活躍に「もう必要とされないのでは」との思いもよぎった。15年1月は、腰痛で全日本選手権も休んだ。この経験が、本気で体と向き合うきっかけになった。

 「慢性的なケガには理由があるはず。その原因を知らなければ、また同じことを繰り返してしまう。だから徹底的に体のことを調べ尽くした」

 以前はトレーナー任せだったマッサージは、筋肉の名前や働き方などを質問攻めにして、今では「(脊柱)起立筋が張っているので、はりをお願いします」「内転筋のストレッチを」といったふうに、具体的な注文をするようになった。

 本で体の構造も調べるようになった。「こんなに細い骨で体を支えているんだ」とその造形にひかれ、今は骨模型を買おうとすら思っている。体への関心が高じ、自分自身にはりを試し打ちしたこともあるという。

 体調管理とストレス解消を兼ねた、料理の腕前も上がった。カロリーを控えたバター抜きのパンを焼き上げ、遠征には炊飯器を持ち運ぶ。同じ鶏肉を使っても、初日は洋風、2日目は和風とメニューを変え、3日目はそのダシを使ってお握りを作る。炊飯器では、好きなお焦げご飯も作れるようにもなった。料理はスタッフやチームメートに差し入れすることもある。

 3歳9か月で卓球を始めて25年目。人生の約90%をこの競技とともに歩んできたが、やはり、銀メダルを手にしてからの4年間は、福原を人間的に成長させた。

 「夢がかなって引退が頭をよぎったこともあるけれど、『もっといいプレーをしたい』と思わなければ手術もしなかった。一日一日を充実させようとして道なりに歩いてきたら、それがリオにつながっていた」

 そんな取り組みは結果にも表れた。昨年はワールドツアーのシングルスで3勝し、世界ランクも過去最高の4位をマーク。年々プレーを円熟させ、昨年のアジア選手権からは日本代表主将としてチームを引っ張る。

 五輪の表彰台での感激は忘れないが、思い返すことは少ない。メダルがどこにあるのかも、すぐには思い出せない。それより心に残っているのは、子供たちや支えてくれた人たちにメダルを見せたときの、喜んでくれた顔だという。

 「皆さんの笑顔に、私もものすごく幸せな気持ちになった」。新たなエネルギー源が、胸の内に生まれた。

 北京五輪の直前には「毎日泣いていた」という五輪の重圧も、「自分が頑張ってきた証拠」と受け止められるようになった。「これまでの経験がきっと生かせる。団体戦では最低でも銀、個人戦でも日本初のメダルを持ち帰りたい」。頼もしいチーム最年長のリーダーの顔で、今は言い切れる。(杉野謙太郎)

2016年07月08日 10時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun