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Road to リオ 決戦へ

快足 ゴールへ猛進…浅野拓磨(21)(広島)

サッカー男子

 7月1日の五輪代表発表記者会見。手倉森誠監督から、メンバー18人の一番最後に名前を読み上げられた。昔からスポーツは何でも得意で、五輪への興味も強く、「タイソン・ゲイより速く走れるんちゃうか、北島康介より速く泳げそうやけどな、と本気で思っていた」。あこがれの五輪代表となった今、「ゴールという結果で貢献したい」との言葉に強い決意がにじむ。

 兄2人、弟3人、妹1人の大家族で育った。幼少期から兄についてサッカーの練習を見に行き、小学生になると、当然のように兄と同じ地元のサッカークラブに入った。

 コーチから「プロになれ」と言われ続けた影響もあり、「Jリーガーになる」と公言した。中学生になると現実の世界の厳しさも分かってきたが、父母から「タクはプロになるんだもんな」と言われると、「『無理やわ』と思っていても言い出す勇気がなかった」。

 中学卒業後は、家族の経済的負担の少ない道を考えていた。しかし、中学の監督から「3年間だけ親に我慢してもらい、その後に返せばいいじゃないか」と言われ、心が揺らいだ。両親の承諾を得て、強豪の四日市中央工高の門をたたこうと決めたのは、推薦入試の締め切り間際だった。

 50メートル5秒台の快足を武器に、どう猛なまでにゴールを目指す。名門高校で現在のスタイルが確立された。2年の時には全国高校選手権で準優勝して得点王に。鳴り物入りで広島に入団し、念願のJリーガーとなった。「生活が苦しい中でサッカーをやらせてもらい、両親には本当に感謝している」。昨季はチームの年間優勝に貢献し、今夏にはイングランドの強豪アーセナルへの移籍も決まった。振り返れば、中学3年での進路の決断は、人生最大の転換点だったかもしれない。

重ねた失敗 ピッチで返す

 フル代表には昨年から呼ばれ始めた。今年6月のキリンカップ決勝のボスニア・ヘルツェゴビナ戦でフル代表初先発したが、これが悪夢のような試合となった。試合終了間際にゴール前に抜け出し、誰もがシュートを放つと思った瞬間パスを選択。同点機を逸し、1点差で敗れた。試合後のピッチで、人目もはばからずに涙を流した。

 号泣の理由は、約半年前にも同じ経験をしていたからだ。1月にU―23(23歳以下)日本代表がリオ五輪切符を獲得したアジア最終予選。準々決勝のイラン戦延長で、相手GKと1対1の好機を迎えたにもかかわらず、シュートを打たずにパスを選び、この時も得点につながらなかった。

 その試合は3―0で勝利したが、無得点に終わった浅野は「シュートを打って外すより後悔として残っている」と唇をかみしめていた。その半年後、同じ過ちを繰り返してしまった若きストライカーは、「悔しさを次に生かしたい」と懸命に前を向いた。

 2度の後悔の苦さは決して忘れることはないだろう。そして、目の前に今、悔しさを晴らす舞台がある。いざ、決戦へ――。得点への渇望を力に、ゴールへ向かって足を振り抜いてみせる。(西村海、終わり)

2016年07月18日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun