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リオ便り

ブラジルで活躍する日系選手

  • 内藤克俊(前列右から4番目)は米国の大学在学中に1924年パリ五輪に出場し銅メダルを獲得した(内藤さんの息子・パスコアル・ナイトウ氏提供、1921-22年頃撮影)(サンパウロ州スザノで)
    内藤克俊(前列右から4番目)は米国の大学在学中に1924年パリ五輪に出場し銅メダルを獲得した(内藤さんの息子・パスコアル・ナイトウ氏提供、1921-22年頃撮影)(サンパウロ州スザノで)

 多民族国家として知られるブラジル。日本からの移民も100年を超える歴史を持つが、なかには五輪で活躍したアスリートもいる。

 農業指導員としてサンパウロ州スザノ市に移住した内藤克俊さん(1895~1969年)は日本レスリング史上初のメダルを獲得している。

 日本レスリングは前回2012年ロンドン五輪まで62個のメダルを獲得しているが、その記念すべき第1号の銅メダルが内藤さんだった。元々柔道家だったが、留学先の米国でレスリングを始め米国内の大会で活躍。日本代表として出場した24年パリ五輪で見事、銅メダルに輝いた。内藤さんは28年に家族でブラジル移住すると、野菜や果物などを栽培する農業のかたわら、スザノの自宅近くにかやぶきの柔道場を作って日系人やブラジル人を指導した。内藤さんを慕い、多い時は100人前後の生徒が集まり道場は盛況を極めたという。内藤さんに指導を受けた生徒らは「家ではやさしい父だった。昔の事を自慢げに語ることは一切なかった」と懐かしそうに振り返る。

  • 聖火リレーを走る石井千秋さん(16日、ブラジル・サンパウロで)=竹田津敦史撮影
    聖火リレーを走る石井千秋さん(16日、ブラジル・サンパウロで)=竹田津敦史撮影
  • 娘のバニアさん(右)に聖火を引き継ぐ石井千秋さん(16日、ブラジル・サンパウロで)=竹田津敦史撮影
    娘のバニアさん(右)に聖火を引き継ぐ石井千秋さん(16日、ブラジル・サンパウロで)=竹田津敦史撮影

 64年、東京五輪観戦のため36年ぶりに日本への一時帰国を果たした内藤さんは69年、ブラジルに骨をうずめた。スザノ市内には現在も「カツトシ・ナイトウ通り」があり、名前を現在まで残している。

 また、リオ五輪聖火リレーでランナーを務めた石井千秋さん(74)はブラジル代表として出場した72年ミュンヘン五輪で同国柔道初の銅メダルを獲得している。石井さんは64年にブラジルに渡り農業移民として生活するなか、柔道を再開。周囲の勧めもあってブラジルに帰化しブラジル代表のスターとなった。3人の娘も柔道に励み、長女タニアさんと三女バニアさんも五輪ブラジル代表になっている。

 今回のリオ五輪にも柔道や卓球、女子ラグビーなどの代表に日本にルーツを持つ日系選手が名を連ねており、活躍に期待が寄せられている。(リオデジャネイロ支局 畔川吉永)

2016年07月29日 10時12分 Copyright © The Yomiuri Shimbun